私の理想の王子様
 今からどこかに移動しようにも、小道を踏みしめる音で二人に気がつかれてしまうだろう。

 今更ながら思わず身を隠したことに後悔する。

(どうか気づかれませんように……)

 すると祈るように息をひそめた朝子の耳元に「どうしてよ!」という叫び声が聞こえた。

 ギョッとして顔を覗かせると、女性は今にも泣きだしそうな顔で声を上げている。


「須藤さんだって、相当遊んでるんでしょう? キスしてよ! 私、今日は絶対に須藤さんにお持ち帰りされるって決めてるの!」

 女性はもう一度叫ぶと、次第に怒らせた肩を震わせながら「わぁっ」と泣き出した。

 朝子がそっと須藤の顔を覗くと、須藤は困ったように眉を下げながら小さく息をついている。

「ごめんね。でも俺は君とはキスできない。キスは好きな人としかしないし、好きな人以外は持ち帰る気もないよ」

 須藤の声は十分女性を気づかっていると思う。

 それでも女性は、キッと須藤を睨みつけると、さっきまで泣いていたとは思えない鬼の形相で、パンッと須藤の頬をビンタしたのだ。


「ケチ! キスくらいいいじゃない!」

 女性は顔を真っ赤にして叫んでいる。

 さすがにこの状況は、誰もが須藤に同情するだろう。

 でも女性は肩を怒らせると、遊歩道を駆け出して行ってしまった。
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