私の理想の王子様
(こんなキス、初めて……)

 思わず朝子が須藤のキスに溺れそうになった時、どこか遠くで車のクラクションが響くのが聞こえた。

 その音にはっと我に返った朝子は、慌てて須藤の胸元をぐっと両手で押した。


「ちょ、ちょっと待って……皆に見られたらどうするんですか……?」

 朝子は声を抑えながらそう言うと、須藤を下から睨みつける。

 身体を離そうと必死に抵抗するが、それでも須藤は朝子を離してくれなかった。

「大丈夫だよ。見てごらん。今はスモークがかかってるからね」

 須藤はくすりと笑うと、そっとバルコニーに沿って並ぶガラスを指さす。

 冷え込んだ今夜は、外気と室内の温度差が特に大きいのだろう。

 いつの間にかガラスは一面曇っており、中から外の様子は全く見えない状態になっていた。


「なっ、で、でも……」

 すると朝子が一瞬ひるんだ隙に、須藤は再び朝子を抱き寄せると唇を覆う。

 夜景の中にリップ音が何度も響き渡り、その度に朝子の身体は確実に熱を帯びていった。

「君はこういうキスがいいんでしょ?」

「何を言って……」

 唇のわずかな隙間から、くぐもった声とともに、二人の白い吐息が漏れる。

 二人はその吐息をも飲み込むように再び唇を重ねた。
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