【稀代の悪女】は追放されましたので~今世こそ力を隠して、家出三つ子と平穏な日々を楽しみます~
プロローグ
「リンネア・エール伯爵令嬢、そなたの罪はわかっているな?」
このアーバン王国の王太子であるディルク殿下の厳しい問いかけで、ざわついていた王宮広間が一瞬にして静まり返る。
いったい何が始まるのだと疑問に思っていた人々も、状況を察したようだ。
「いいえ。私は何も罪など犯しておりません」
「そんな……。お義姉(ねえ)様、正直にお話しになってください! 私をあの森の小屋へと閉じ込め、お義姉様の《ギフト》の力を使って、私を凍死させようとなさったではないですか!」
「マリリン、私の罪状を簡潔にわかりやすく説明してくれてありがとう。この茶番を見学している方々も、理解できたと思うわ。だけど、それはあなたの勘違いよ。私はここ数日、ずっと屋敷から出ていないし、あなたと顔も合わせていないんだから」
義理の妹であるマリリンが行方不明になったと聞いたときには、眠れないほど心配したのにね。
それが無駄だったと思い知らされたのは、こうしていきなり王宮に呼び出され、よくわからないうちに断罪劇が始まったから。
「嘘よ! お義姉様は私を無理やり屋敷から連れ出して、あの小屋に閉じ込めたじゃない!」
「どうやって? もし、あなたの話が本当だったとして、私一人であなたを連れ出すなんてできるわけないわよね? だとすれば、協力者が必要よ。その協力者はどこにいるの?」
「わ、私は目隠しをされていたから、わからないわ」
私に冤(えん)罪(ざい)をかけるにしても、もう少し計画を立てればいいのに、あまりにずさんすぎるわ。
だけど、そう考えたのは私だけだったみたい。
「リンネア! お前は、可愛(かわい)い義妹(いもうと)の命を危険にさらしておきながら、なんという言い草だ! お前など、もう娘でもなんでもない、勘当だ! この先、エール家の名を名乗ることは許さん!」
「お父様、本気ですか?」
父であるエール伯爵の言葉には、私もさすがに驚いた。
幼い頃から可愛げがなかった私は、両親に好かれていないとは思っていたけれど、それでも実の娘であることは間違いないのに、こんなに簡単に絶縁してしまうものなの?
動揺する私を見て、義妹のマリリンが一瞬嬉(うれ)しそうに笑ったのが見えた。
だけど、まるで泣いているように両手で顔を隠したため、誰もその笑みには気づかない。
さらには、ディルク殿下がマリリンを優しく抱き寄せる。
「リンネア、せめて自分の罪を素直に認め、謝罪するくらいの良心はないのか?」
「犯してもいない罪で責められるいわれはありません。きちんと調査すれば、今回のことは──」
「なんと生意気な。リンネア・エール……いや、もう貴様はただのリンネアだな。今さら告げることでもないが、私は罪人である貴様との婚約を破棄する!」
殿下との婚約破棄は大歓迎だけれど、マリリンを抱き寄せたまま宣言することではないと思う。まあ、どうでもいいけど。
結局、私は〝聖女の再来〟と崇(あが)められる義妹の命を狙った稀(き)代(だい)の悪女として断罪され、辺境の修道院へ追放されることになった。
「ほら! 早く乗れ!」
私を修道院へと護送する責任者である兵隊長が乱暴に促すけれど、私は気にせず振り返り、見送る──見届けるディルク殿下やマリリン、両親へと挨拶した。
「今までお世話になりました。ごきげんよう」
少し気まずげに顔をそむける殿下や両親と違って、マリリンは両手で口を覆っているけれど、目が笑っているのがわかる。
なにが〝慈愛と癒やしの聖女〟よ。
マリリンの性格に気づいてから、その二つ名がずいぶん見当違いだと思ったけれど、皆そんなことはどうでもいいみたい。
自分たちの権威と名誉、利益が保証されていれば、マリリン自身に興味はないのよね。
背筋を伸ばして皆に背を向け、堂々と馬車に乗り込む。
扉が閉められて一人きりになった途端に、ほっと息を吐いた。
座面は固く、車内は寒いけれど大丈夫。
前もって用意していた荷物の中にはブランケットを入れていたから、取り出して座面に敷き、皆が役立たずと馬鹿にしていた《ギフト》の【温度調節】で車内を暖かくする。
噂では辺境の修道院は荒れ果てた酷(ひど)い場所らしい。
でもそれって、逆に考えればかなり自由に生きられるんじゃないかと思うのよね。
状況に反してこれからのことにわくわくしてくる。
だけど、走り出した馬車の揺れと暖かさで私はいつの間にか眠っていたらしい。
「おい! 起きろ!」
怒鳴るような声とともに、肩を乱暴に揺すられ、慌てて目を開けた私は、開け放たれた馬車の扉から見える景色に驚いた。
いつの間にか、外は吹雪(ふぶき)になっていたらしい。
車内は自分の魔力で適温に保っていたから、外の様子にまったく気づいていなかった。
いくら辺境といっても、この辺りでこんなに雪が降ることなんてないはずなのに。
「エール伯爵令嬢──いや、今は〝稀代の悪女・リンネア〟か? とにかく、雪が深くなっていてこれ以上は進めない」
「……はい」
たった数日間で〝稀代の悪女〟と呼ばれるようになったことに、私はこみ上げてくる笑いを我慢した。
「そのため、我々はここで引き返す。よって、お前にはここで降りてもらう」
「……私も引き返すということですか?」
「いや、お前には自力で修道院へ向かってもらう」
「まさか、私一人で歩いていけとおっしゃっているのですか?」
「そうだ」
「それで、あなた方は引き返すと?」
「そうだ」
「そんな無茶な!」
「悪いが、我々も自分の命は惜しいのでな。聖女様を殺(あや)めようとした犯罪者のために、危険を冒すつもりはない」
兵隊長の無慈悲な言葉に呆気に取られているうちに、別の兵士の腕が車内へと伸ばされた。
このまま引きずり降ろされると慌てた私は、急いで自分の少ない荷物を抱える。
予想通り兵士に腕を掴(つか)まれて馬車から降ろされると、脛(すね)あたりまで雪に埋もれてしまった。
本気でこの人たちはか弱い女性を──私を一人残していくのだろうかと信じられなかったけれど、兵士たちはこちらを見ることなく馬車を押して方向転換させている。
「隊長さん! 本当に戻られるのですか!?」
「ああ、お前以外はな。神がお前を許されるなら、きっと無事に修道院へたどり着けるだろう。じゃあな」
最後に兵隊長の嘲りを込めた言葉と、他の兵士たちの侮蔑の視線を残し、私は本当に一人その場に取り残されてしまった。
兵士たちは吹雪の中、慎重に進んで遠ざかっていく。
その様子を呆気に取られて見送る私の顔に悲(ひ)愴(そう)感も何も浮かんでいないことには気づかずに。
彼らは──両親もディルク殿下も、私の《ギフト》の本当の力を知らない。
だけど、それは私が望んだこと。
自由に生きるために、私は力を隠すことを選んだのだから。
まさか本当に、こうして自由を手に入れることができるとは思わなかった。
兵士たちがやがて遠ざかり、目の前からその姿を消して初めて、私は大きく両手を上げて叫んだ。
「やったー! 自由だー!」
私一人でこの先を生きていくだけの知識と力は、これまで密(ひそ)かに蓄えてきた。──もちろん、へそくりも。
荒れ果てた修道院に横暴な管理者がいたら面倒だと思っていたから、ここで放置されるほうがよっぽどいい。
どうかこのまま私が野垂れ死んだと思ってもらえますように。
このアーバン王国の王太子であるディルク殿下の厳しい問いかけで、ざわついていた王宮広間が一瞬にして静まり返る。
いったい何が始まるのだと疑問に思っていた人々も、状況を察したようだ。
「いいえ。私は何も罪など犯しておりません」
「そんな……。お義姉(ねえ)様、正直にお話しになってください! 私をあの森の小屋へと閉じ込め、お義姉様の《ギフト》の力を使って、私を凍死させようとなさったではないですか!」
「マリリン、私の罪状を簡潔にわかりやすく説明してくれてありがとう。この茶番を見学している方々も、理解できたと思うわ。だけど、それはあなたの勘違いよ。私はここ数日、ずっと屋敷から出ていないし、あなたと顔も合わせていないんだから」
義理の妹であるマリリンが行方不明になったと聞いたときには、眠れないほど心配したのにね。
それが無駄だったと思い知らされたのは、こうしていきなり王宮に呼び出され、よくわからないうちに断罪劇が始まったから。
「嘘よ! お義姉様は私を無理やり屋敷から連れ出して、あの小屋に閉じ込めたじゃない!」
「どうやって? もし、あなたの話が本当だったとして、私一人であなたを連れ出すなんてできるわけないわよね? だとすれば、協力者が必要よ。その協力者はどこにいるの?」
「わ、私は目隠しをされていたから、わからないわ」
私に冤(えん)罪(ざい)をかけるにしても、もう少し計画を立てればいいのに、あまりにずさんすぎるわ。
だけど、そう考えたのは私だけだったみたい。
「リンネア! お前は、可愛(かわい)い義妹(いもうと)の命を危険にさらしておきながら、なんという言い草だ! お前など、もう娘でもなんでもない、勘当だ! この先、エール家の名を名乗ることは許さん!」
「お父様、本気ですか?」
父であるエール伯爵の言葉には、私もさすがに驚いた。
幼い頃から可愛げがなかった私は、両親に好かれていないとは思っていたけれど、それでも実の娘であることは間違いないのに、こんなに簡単に絶縁してしまうものなの?
動揺する私を見て、義妹のマリリンが一瞬嬉(うれ)しそうに笑ったのが見えた。
だけど、まるで泣いているように両手で顔を隠したため、誰もその笑みには気づかない。
さらには、ディルク殿下がマリリンを優しく抱き寄せる。
「リンネア、せめて自分の罪を素直に認め、謝罪するくらいの良心はないのか?」
「犯してもいない罪で責められるいわれはありません。きちんと調査すれば、今回のことは──」
「なんと生意気な。リンネア・エール……いや、もう貴様はただのリンネアだな。今さら告げることでもないが、私は罪人である貴様との婚約を破棄する!」
殿下との婚約破棄は大歓迎だけれど、マリリンを抱き寄せたまま宣言することではないと思う。まあ、どうでもいいけど。
結局、私は〝聖女の再来〟と崇(あが)められる義妹の命を狙った稀(き)代(だい)の悪女として断罪され、辺境の修道院へ追放されることになった。
「ほら! 早く乗れ!」
私を修道院へと護送する責任者である兵隊長が乱暴に促すけれど、私は気にせず振り返り、見送る──見届けるディルク殿下やマリリン、両親へと挨拶した。
「今までお世話になりました。ごきげんよう」
少し気まずげに顔をそむける殿下や両親と違って、マリリンは両手で口を覆っているけれど、目が笑っているのがわかる。
なにが〝慈愛と癒やしの聖女〟よ。
マリリンの性格に気づいてから、その二つ名がずいぶん見当違いだと思ったけれど、皆そんなことはどうでもいいみたい。
自分たちの権威と名誉、利益が保証されていれば、マリリン自身に興味はないのよね。
背筋を伸ばして皆に背を向け、堂々と馬車に乗り込む。
扉が閉められて一人きりになった途端に、ほっと息を吐いた。
座面は固く、車内は寒いけれど大丈夫。
前もって用意していた荷物の中にはブランケットを入れていたから、取り出して座面に敷き、皆が役立たずと馬鹿にしていた《ギフト》の【温度調節】で車内を暖かくする。
噂では辺境の修道院は荒れ果てた酷(ひど)い場所らしい。
でもそれって、逆に考えればかなり自由に生きられるんじゃないかと思うのよね。
状況に反してこれからのことにわくわくしてくる。
だけど、走り出した馬車の揺れと暖かさで私はいつの間にか眠っていたらしい。
「おい! 起きろ!」
怒鳴るような声とともに、肩を乱暴に揺すられ、慌てて目を開けた私は、開け放たれた馬車の扉から見える景色に驚いた。
いつの間にか、外は吹雪(ふぶき)になっていたらしい。
車内は自分の魔力で適温に保っていたから、外の様子にまったく気づいていなかった。
いくら辺境といっても、この辺りでこんなに雪が降ることなんてないはずなのに。
「エール伯爵令嬢──いや、今は〝稀代の悪女・リンネア〟か? とにかく、雪が深くなっていてこれ以上は進めない」
「……はい」
たった数日間で〝稀代の悪女〟と呼ばれるようになったことに、私はこみ上げてくる笑いを我慢した。
「そのため、我々はここで引き返す。よって、お前にはここで降りてもらう」
「……私も引き返すということですか?」
「いや、お前には自力で修道院へ向かってもらう」
「まさか、私一人で歩いていけとおっしゃっているのですか?」
「そうだ」
「それで、あなた方は引き返すと?」
「そうだ」
「そんな無茶な!」
「悪いが、我々も自分の命は惜しいのでな。聖女様を殺(あや)めようとした犯罪者のために、危険を冒すつもりはない」
兵隊長の無慈悲な言葉に呆気に取られているうちに、別の兵士の腕が車内へと伸ばされた。
このまま引きずり降ろされると慌てた私は、急いで自分の少ない荷物を抱える。
予想通り兵士に腕を掴(つか)まれて馬車から降ろされると、脛(すね)あたりまで雪に埋もれてしまった。
本気でこの人たちはか弱い女性を──私を一人残していくのだろうかと信じられなかったけれど、兵士たちはこちらを見ることなく馬車を押して方向転換させている。
「隊長さん! 本当に戻られるのですか!?」
「ああ、お前以外はな。神がお前を許されるなら、きっと無事に修道院へたどり着けるだろう。じゃあな」
最後に兵隊長の嘲りを込めた言葉と、他の兵士たちの侮蔑の視線を残し、私は本当に一人その場に取り残されてしまった。
兵士たちは吹雪の中、慎重に進んで遠ざかっていく。
その様子を呆気に取られて見送る私の顔に悲(ひ)愴(そう)感も何も浮かんでいないことには気づかずに。
彼らは──両親もディルク殿下も、私の《ギフト》の本当の力を知らない。
だけど、それは私が望んだこと。
自由に生きるために、私は力を隠すことを選んだのだから。
まさか本当に、こうして自由を手に入れることができるとは思わなかった。
兵士たちがやがて遠ざかり、目の前からその姿を消して初めて、私は大きく両手を上げて叫んだ。
「やったー! 自由だー!」
私一人でこの先を生きていくだけの知識と力は、これまで密(ひそ)かに蓄えてきた。──もちろん、へそくりも。
荒れ果てた修道院に横暴な管理者がいたら面倒だと思っていたから、ここで放置されるほうがよっぽどいい。
どうかこのまま私が野垂れ死んだと思ってもらえますように。
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