【稀代の悪女】は追放されましたので~今世こそ力を隠して、家出三つ子と平穏な日々を楽しみます~

第一章 前世の記憶

 私、リンネアが生まれたとき、エール伯爵家は三日三晩祝宴が続いたらしい。
 それは家庭教師からよく聞かされた話で、六歳までは望まれている自分が嬉しくてわくわくしながら当時の話を聞いていた。
 両親はとても優しかったし、ディルク殿下の婚約者に選ばれたと知らされたときにはとても嬉しかった。
 王子様と結婚できると言われて喜ばない女の子がいる? まあ、いないよね。
 そんな無邪気な人生が終わったのも──という言い方をするには早すぎるけど──六歳のときに、大神殿で三歳年上のディルク殿下との婚約式が執り行われたときだった。
 大神殿には、普段は非公開の〝聖女様〟の肖像画があり、婚約式を前にして不愛想なディルク殿下とともに拝見することになったのだ。
『さすが〝聖女様〟だな。お前と違ってとても美しい方だ』
 とかなんとか嫌みを言っていたディルク殿下の言葉もどうでもよくなるくらいに、私は衝撃を受けていた。
 なぜならそれは、前々世の私の姿だったから。──かなり美化されてはいたけれど。
 それから式の間もずっと酷い頭痛とともに、どんどん記憶が甦(よみがえ)っていった。
 前々世の私は、このアーバン王国の平民として短い人生を過ごし、前世では日本人として二十数年でその人生を終えた。そんな二つの人生の記憶が頭の中に一気に流れ込んできたのだ。
 そのせいでかなり顔色が悪かったようだけれど、両親はそんな私の心配をすることなく、笑顔でいるように強要してきた。
 そこで、今世での六年間、私が幸せだったのは、《ギフト》を持って生まれたからこそだということに気づいた。
 ──《ギフト》は、日常生活の中に魔法があるこの世界でも特別なものとされている。
 この世界は前世で言うファンタジー世界そのもので、人間だけでなく、獣人と呼ばれる人たちも暮らしている。
 獣人は人間に比べて様々な身体能力に秀でており、そのために神様は人間に〝魔法〟を授けたとされていた。
 そのため、この世界に暮らす人間──人族の半数近くはなんらかの魔法を使うことができ、身体能力が優れている獣人族に対抗することができるのだ。
 一般的な魔法は簡単に風、火、水と三種に分類されていて、魔力量の違いで魔法の規模も使用時間も変わってくる。
 その魔力の有無は体の成長とともに明らかになり、まったくない者以外は訓練が課せられ、様々な魔法を使えるようになるのだ。
 しかし、特例と言える存在が〝神様からの祝福〟と言われる《ギフト》を授かった者である。
《ギフト》は三分類される一般的な魔法とは違い、特別な魔法──植物を成長させる【緑魔法】や安眠を与える【睡眠魔法】、さらには【治癒魔法】などを使えるので、人族の国を挙げて保護される。
 ちなみに、《ギフト》保持者は胸に花のような痣(あざ)を持って生まれてくる。そのような子を授かった場合、親はすぐに神殿へ報告しなければならない。
 その後、貴族以外の子は多額の補償金と引き換えに神殿に引き取られ、十五歳になると神殿でなんの《ギフト》であるか、どのような特別な魔法を使えるか鑑定されるのだ。ただ、痣は大きくて濃いほど力が強く希少とされている。そのため、体の成長を待たずとも、初めに神殿に報告した段階で《ギフト》の価値をある程度判断されることになる――。
 エール伯爵家に生まれた私は、胸に大きくて濃い痣を持っていた。
 だからこその、祝宴だったわけ。
 さらに、私は神殿の鑑定を待たずに、ディルク殿下と婚約させられてしまった。
 前々世の記憶など甦らなければ、私も喜んでいられたと思う。
 神殿での厳しい魔法修行もなく、自宅で高等教育を受けながら、将来は王子様の花嫁になるのだと甘やかされていたのだから。
 ディルク殿下は乙女が夢見るようなキラキラした容姿なので、なおさら私の夢は膨らんだかもしれない。
 彼は我(わ)が儘(まま)で横暴、あまりにも子どもっぽく、性格は最悪だったけど、まだ九歳ということもあって、そこまで悲観はしていなかった。
 きっと成長とともに改善されるだろうと、私は前世での幼稚園教諭としての学びも経験もあったので温かく見守っていたけれど、どんどん酷くなる一方だった。
 我が儘も意地悪も、子どもだからこそ可愛いと思えることもあるけれど、ある程度大人になっても改善されないのはただの性悪でしかない。
 だから、彼より六歳も年下の第二王子のほうが性格もよく優秀だと陰で噂され、十三歳という若さで期待されるのも仕方ないと思う。
 私もディルク殿下とはどうにか婚約を解消できないかと願っていたから、一歳下の義妹のマリリンと恋仲になってくれたときには、自分の幸運に踊りだしたくなったほどだった。
 私としてはいつでもディルク殿下の婚約者の座を譲るつもりだったのに、まさかマリリンが殿下の婚約者の座を奪うべく画策していたとはね。

 ──ある日、行方不明になったマリリンは、王国軍まで動員して捜索された。
 そして発見された王都の外れにある森の中の粗末な小屋で、寒さに凍えながら訴えたらしい。
『──お義姉様が! お義姉様が私をここに閉じ込めたんです!』
 私は義理とはいえ、大切な家族であるマリリンの無事を自室で夜通し祈っていたけれど、突然両親が押し入ってきて罵られ、意味がわからず呆然としていた。
『リンネア! お前はマリリンになんて酷いことをするんだ!? いくらお前が役立たずの《ギフト》持ちだからって、ここまで愚かだったとはな!』
『きっと、マリリンの《ギフト》が聖女様と同じ【治癒魔法】だからって、嫉妬したのね!? あなたが私たちの娘だなんて、悪夢だわ!』
 十五歳のときに私の《ギフト》鑑定が行われてから、優しかった両親は私を持て余すかのように、冷たい態度を取るようになっていた。
 だけどまさか、私に対してこんなに酷い罵声を浴びせるほどに嫌っていたのかと愕然としたものだ。
『どういうことですか? マリリンは無事に見つかったのですか?』
 両親の愛情についてはさておき。
 それよりもマリリンの安否を心配した私の頬を、父であるエール伯爵はいきなり叩いた。
 その勢いで私が床に倒れ伏しても、母は心配することなく侮蔑の視線を向けるだけ。
 いくら私が役立たずだったとしても、実の娘に対してこれほど残酷になれるのかと、ショックを受けつつ、痛む頬を押さえ見上げた私に、父は吐き捨てるように告げた。
『お前はもう我が伯爵家の娘でもなんでもない! 今すぐ出ていけ!』
『え……』
『あなた、それはいくらなんでもやりすぎよ。せめて出ていく準備くらいはさせてあげないと』
『ふん! それもそうか。無一文で追い出したとは言われたくないからな。だが、〝聖女の再来〟と言われるマリリンを害そうとした罪は重い。近いうちに神殿か、王宮から使いが来るだろう。そのときまで、この部屋から出るな!』
 私の言い分を一言も聞くことなく、両親は私を部屋へと閉じ込めてしまった。
 そこから急ぎ、将来のためにと蓄えていた宝石や硬貨などのへそくりをバレないように下着の中に隠し、いくつかの保存食もまた鞄に詰めていった。
 着替えは最低限のものだけで、以前から仕立屋に密かに特注していた町娘が着るような簡素な衣服を鞄へと仕舞う。
 まさかあれほどの仕打ちをされて家から追い出されることになるとは思っていなかった。だけど、マリリンが殿下と恋仲になっていると気づいたときから家を出るつもりではいたため、実のところ好都合だった。
 もしマリリンの存在がなければ、私が消えては家族に──伯爵家に迷惑をかけると思っていたから、役立たずとはいえ《ギフト》持ちの私にとってもマリリンは救世主だった。だから、私を悪女に仕立て上げるために、わざわざ事件をでっちあげる必要はなかったのに。
 もっと両親やマリリンときちんと話し合っておけばよかったと後悔したけれど、遅かった。
 それでも、役立たずと判断されたとはいえ、《ギフト》持ちは神様に祝福された証(あかし)だから、処刑されることはないはず、と予想して逃げることはしなかった。
 私のその予想は的中して、私は辺境の修道院へと追放されることが決まったのだった。
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