【稀代の悪女】は追放されましたので~今世こそ力を隠して、家出三つ子と平穏な日々を楽しみます~
 ――殴るように正面から向かってくる雪を火魔法で蒸発させ、濡れないように歩きながら、私は過去のことを思い出していた。
 だけど、せっかく面倒なしがらみから解放されたんだから、嫌なことはもう忘れよう。
 そう考えて空を見上げると、雲間からかすかに光が差し込み始めていることに気づいた。
 どうやら風が強いだけで、雪は間もなく止(や)みそうに思える。
 これなら余計な魔力を消耗しなくてすみそうだと、再び前を向いて歩き始めた私は、少し先に不自然な雪だまりがあることに気づいた。
 ただの吹きだまりにしては不自然で、切り株か何かかもしれないと思いつつ、気になって近づいてみた。
 雪を溶かすために私の周囲を覆っていた火魔法を解除して、今度は水魔法で水滴を操って濡れないようにする。
 これは繊細な操作になるから、意識を集中しないとダメだけど、雪だまりの正体がわかるまでは、火魔法は避けたほうがいいから。
 その判断が正解だったとわかったのは、雪だまりを手でそっとかき分けていったとき。
 そこには三匹の白銀の子狼がお互いを庇うように重なっていて、寒さに震えることもなくぐったりしていた。
 はっと息をのみ、悲鳴を必死に抑えて、子狼に手を伸ばす。
 三匹ともかなり冷たくなってはいたけれど、おそらくまだ生きている。
 意識を集中させて三匹を中心にドーム型の暖かな空間を【温度調節】で作り、水魔法を操って水滴が入ってこないようにし、慎重に濡れていた体から水滴を集めて飛ばした。
 それでも、冷え切った体は温かくなることもなく、目を閉じたままぐったりしている。
 冷静でいられるようにと意識してゆっくり呼吸をして、低体温症を起こしているらしい子狼たちに手をかざした。
「【温度調節】――体温上昇」
 小さく詠唱して、子狼たちを温める。
 低体温症の場合、急激に温めるのではなく、心臓を中心にそっと、ゆっくり温めていかなければならない。
 本当はすぐにでも抱き上げて安全な場所へと避難したかったけれど、重度の低体温症は急に動かしてはいけないため、とにかくこの子たちの体が温まるまでと必死だった。
 暖かい場所で、濡れた服は脱がせて乾いた服に着替えさせ、湯たんぽなどで心臓の近くを温める。
 救急講習か何かで知った低体温症の応急処置を頭に思い浮かべ、同じように魔法を施していく。
 やがて一匹がぴくりと動き、もがくように足をパタパタさせた。
 すると、他の二匹もそこまでではないが、呼吸が確認できるくらいにはお腹(なか)が上下し始める。
「よかった……」
 まだまだ油断はできないけれど、ひとまずの危機は脱したはず。
 そこでぶるっと震えがきて、私自身がかなり濡れてしまっていることに気づいた。
 このままでは、私まで低体温症になってしまうと、急いで自身を乾かし、鞄からブランケットを取り出す。
 そして、それに一匹ずつ移していると、子狼たちは鼻先だけ黒い子、両耳の先だけ黒い子、しっぽだけが黒い子と、それぞれに特徴があることがわかった。
 そのとき、最初に動きを見せた子狼──鼻先が黒い子が目を開けて抵抗するように身じろいだ。
「大丈夫よ。あなたたちに危害を加えたりしない。暖かい場所へ移動しようとしているだけだから」
 そう声をかけても、その子は睨(にら)むようにじっと私を見つめてくる。
「他の二匹も無事だから安心して。でも、できるだけ早く移動したほうがいいでしょう?」
 言葉だけでなく、他の二匹にできるだけ負担のないように触れさせると、その子は目を閉じた。
 しかもかすかにしっぽが揺れている。
 おそらく他の子に触れられて嬉しかったのだろう。
 兄弟思いのいい子だなと思いつつ、呼吸が苦しくない程度にブランケットでくるみ、私はそっと立ち上がった。
 そこでふと、この子たちの母狼がどこかにいるんじゃないかと気づき、周囲を見回す。
 この辺りは稀(まれ)に雪が降るとはいえ、本来ならここまで吹雪く地域ではないはずだ。
 それがこの異常気象のせいで、食料を探しに狩りに出て帰れなくなってしまっているんじゃないかと心配になった。
 なかなか帰ってこない母親を捜して、この三匹も巣穴から出てしまったのかもしれない。
 雪は小降りになっているけれど、風はまだ強く、陽(ひ)が沈むとさらに寒くなりそうだった。
 両親や神官、ディルク殿下たちには役立たずの《ギフト》とされている【温度調節】だけれど、使い方によっては天候さえも操作できる。
 それは私の痣の濃さ──魔力の強さがあるからこそだけれど、誰もそのことには見向きもしなかった。
 とはいえ、天候を操作できるのは、前世で子どもたちの好奇心に応えるために、虹が出る仕組みなどの自然現象を勉強し、その知識があるからなのだ。
 天候操作の他にもできることはたくさんあったけれど、搾取されるのが嫌で、誰にも言わなかった。
 役立たずの《ギフト》だと思われてからの両親たちの態度や、冤罪で追放されるまでの酷い仕打ち、さらには雪の中に置き去りにされたことを考えれば大正解だった。
 思い出したらムカムカしてきたけれど、腕の中で子狼がぴくりと動いたことで我に返る。
 今はこの子たちをしっかり助けることと、お母さんを捜してあげることだ。
【温度調節】は気温を調節するだけじゃない。温度差によって空気の壁を作り出すことができる。
 周囲を取り巻く空気より、微妙に高い温度の空気を作り出し、四方へと広げた。
 降り積もった雪を溶かさない程度のちょっとした温度差だけれど、周囲へ広げていくと、空気の壁にぶつかる様々な障害物の存在を検知できる。
 しかし、母狼程度の大きさの生き物の気配は感じることができなかった。
 ほとんどが雪を積もらせた木立などの自然物ではあったが、その中で明らかに人工的に作られた壁を──どうやら小屋らしき建物を見つけることができた。
 小屋自体にぬくもりは感じられなかったので、誰か人がいるとは思えない。
 実際に見てみないとわからないが、周囲に人家らしきものもなさそうなので狩猟小屋か何かだろう。
 ひとまずその小屋に避難しようと歩き始めると、ブランケットにくるんだままの子狼たちは、暖かな空気で優しく包んでいるおかげか、少しずつ命の気配が感じられるようになってきていた。
 母狼の捜索も続けるけど、ひとまずこの子たちを元気にさせることが先だと、私は足元の雪を溶かしながら足早に進んだ。

 少し進んで見つけた小屋は、予想より傷んではいたが、暖を取れないほどではなかった。
 冷たい風が入り込んでしまうような隙間も、温度差で空気の壁を作れば防ぐことができる。屋根はしっかりしているようなので問題ない。
 小屋の中に入って室内を見回した私は、一番暖かそうな場所を見つけて、そこにブランケットごと子狼たちを下ろした。
 そして子狼を中心に再びドーム型の空気の壁を作り、それから大雑把に水魔法を応用した浄化魔法で室内を洗浄する。
 その後に室内を【温度調節】で暖めてほどよい湿度にすると、そのまま小屋内の壁や天井を覆うように空気の壁を作って冷気が入り込まないようにした。
 空気の壁の便利なところは、調節すれば完全密封もできるけど、新鮮な空気を取り込むために換気もできること。
 一仕事終えたと言いたいところだけれど、まだまだやることはある。
「……大丈夫かな?」
 そっとブランケットの中を覗き込むと、鼻の黒い子がじっと私を見返してきた。
 他の子もいつの間にか目を開けていて、しっぽを小さく振ってくれる。
「みんな、元気になってきたのかな? よかった。じゃあ、何か食べられるものがないか探すから、もう少し待っていてね」
 返事があるわけないのはわかっているが、いきなり動くよりも声をかけてからのほうが、安心するはずだ。
 まずは持ってきていた干し肉を鞄から取り出し、携帯ナイフで細かく刻む。それから小さなソースパンを水魔法で洗浄してから、再び水を入れた。
 そこに先ほどの干し肉を入れ、暖炉に金具でできた調理台があったので、火魔法で火を熾して強火で煮立てる。
 しばらく煮立たせたら今度は弱火にして、小屋の中の探索を始めた。
 小屋が使われないようになって数年は経っているらしい。
 だから残念ながら食べ物の類いはなくて、あまり長期間の滞在はできそうになかった。
 ただ、子狼たちはそれほど食事量も多くないはずで、離乳の時期も終わっているようだから、なんとかなるだろう。
 楽天的なのが私のいいところだとの自負はある。
 それに前々世と前世の経験から、備えあれば憂いなしということで、前々から野営できるように調理器具や保存食を準備していたのだ。
 おそらく、みんなは私の荷物の中身を衣服や宝石、そんなものだけだと考えているはず。
 伯爵家から追放されるとき、荷物が二つもあるのに、両親にも怪しまれることがなかったのは、私にそれほど興味がなかったからだろう。
 両親からの愛情を無邪気に信じていられたのは六歳までだったけど、正解だった。
 あのときもし、《ギフト》があるからではと疑っていなかったら、今頃ショックで何もできずに野垂れ死にが確定していた。
 ひょっとして、私が前世なんかを思い出さず、素直にすくすく育っていたら、愛されたのかもしれない。だけど、前々世の記憶があるから、力は搾取されるだけって気づけた。さらには、前世の記憶があるから、この力──【温度調節】の大切さを知ることができて、密かに特訓できたのだから、結果としてはよかったと思う。
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