無駄を嫌う御曹司とかわいげのない秘書の契約結婚
障がい者の雇用になればと積極的に福祉施設に木材の加工や組み立ての発注をしており、金銭的な事情、人材不足もあり、工場を大きくするつもりもない。
昨今の少子化や海外製玩具の台頭で売上が右肩下がりの中、一部の百貨店やネットショッピングの売上でなんとか暮らしていける程度の儲けしかない現状で、取り引きしていた百貨店の閉店が相次ぎ、会社はいよいよ窮地に追い込まれていた。
父はそれも時代だと諦めているが、兄は祖父の代から続く会社をなんとか守りたいようだ。
千尋もクマトイファクトリーの代表商品であるドールハウスや、クマの顔がついた車、クマの積み木で育ってきただけに、新規取引先を探すため、休日を使い企業に足を運んだのだが、反応は芳しくなかった。
会社の件を秀旭に相談できなかったのは、いつか千尋と結婚したいと言ってくれた彼の重荷になりたくなかったからだ。
それに千尋も連絡をしなかったが、彼からも連絡はなかった。【忙しくて連絡できなくてごめんね】というメッセージに対して【気にしなくていい】というひと言だけ。
きっともうあのときには、彼の気持ちが離れていたのだろう。
「それは、悪いと思ってる。忙しくて」
「だから、全然悪いと思ってるように見えないんだって。俺がプレゼントをあげても、あっさりとありがとうって言うだけ。喜んでないって俺が気づいてないとでも思ったのか? 心の中ではくだらないもんだってバカにしてたんだろう? 実際、一度も髪留めをつけてないもんな」
秀旭が誕生日にくれた髪留めは千尋の髪につけようとした秀旭が壊したのではないか。髪留めとして使えなくなったから、バッグにつけると言って受け取ったのだ。
千尋が今日持っているバッグにプレゼントの髪留めがついているが、彼はどんな髪留めを千尋に贈ったかを覚えていないのだろう。
「もう、いいよ」
千尋は嘆息し、諦念の思いで目を伏せる。
「なにがいいんだよ。女なら普通はさ、別れ話のときくらい泣いたりするだろ」
好きだった人の口からこぼれ出るのは、千尋への不満ばかり。
泣いて辛いと喚けば別れなくて済むのか。
涙をこぼせば、愛を信じてもらえるのか。
違うだろう。そんな真似をしたって、惨めになるだけだ。
それに、なにもかもが今さらである。
冷めていると言われればそれまでなのかもしれないが、千尋はもう言葉を尽くしてまで秀旭とやり直したい気持ちにはならなかった。
「お前にとって男はアクセサリーのひとつでしかないんだろ。はなから俺と恋愛をする気なんてなかったんだ。お前みたいな冷めた女となんて付き合わなきゃよかった」
「あなたがそう思うならそうかもね。で、別れるでいいの? それとも謝ってほしい?」
これ以上、秀旭の口から自分を責める言葉は聞きたくなくて、突き放すように言った。
散々、愚痴を聞かされれば投げやりにもなるし、これ以上彼の話を聞いていたら泣いてしまいそうだった。もしかしたら彼は、千尋が泣いた方が嬉しいのかもしれないが。
「だから……っ、もういいよ!」
秀旭は料理にいっさい手をつけないまま、会計さえせずに席を立った。
秀旭が店を出ていくのを見送っていると、カウンター席からこちらに視線を向けている男性と目が合う。
(え……うそでしょうっ!)
男性は入り口近くのカウンター席に座っており、ひとりでグラスを傾けていた。
つい数時間前まで仕事の話をしていた千尋の上司──玖代《くしろ》大和《やまと》は、興味深げに千尋を見ると、カウンターに置かれたグラスを片手にバーテンダーにひと言、ふた言告げて、席を立つ。
(どうして玖代専務がこっちに来るの!?)
嫌味なほど長い脚でわずか十歩ほど。千尋の前に置かれたテーブルにグラスを置いた大和が、こちらの許しなく向かいに腰を下ろした。
「あ、の?」
千尋が戸惑うまま声をかけると、大和は長い脚を組み、こちらを見据えた。
大和は玖代不動産の専務取締役の地位に就いている。
玖代不動産は玖代グループのひとつ、総合デベロッパーとして首都圏の再開発を担う大企業だ。
グループ会社にはマンション建設の玖代レジデンスや戸建て住宅の玖代ホームがあり、重役には玖代家の人間が多数いる。
大和は玖代不動産、現社長のひとり息子で次期社長としての呼び声が高い男だ。千尋は玖代不動産の秘書室に勤務しており、専務取締役である大和とも深く関わっていた。
「どうして、ここに座るんですか?」
千尋が聞くと、大和が肩を竦めた。
そのなんでもない仕草に胸が弾むのは、ときめきではなく緊張のせいだ。明るいオフィスだろうが、雰囲気のいいレストランだろうが、彼はどこにいても目を引く。
昨今の少子化や海外製玩具の台頭で売上が右肩下がりの中、一部の百貨店やネットショッピングの売上でなんとか暮らしていける程度の儲けしかない現状で、取り引きしていた百貨店の閉店が相次ぎ、会社はいよいよ窮地に追い込まれていた。
父はそれも時代だと諦めているが、兄は祖父の代から続く会社をなんとか守りたいようだ。
千尋もクマトイファクトリーの代表商品であるドールハウスや、クマの顔がついた車、クマの積み木で育ってきただけに、新規取引先を探すため、休日を使い企業に足を運んだのだが、反応は芳しくなかった。
会社の件を秀旭に相談できなかったのは、いつか千尋と結婚したいと言ってくれた彼の重荷になりたくなかったからだ。
それに千尋も連絡をしなかったが、彼からも連絡はなかった。【忙しくて連絡できなくてごめんね】というメッセージに対して【気にしなくていい】というひと言だけ。
きっともうあのときには、彼の気持ちが離れていたのだろう。
「それは、悪いと思ってる。忙しくて」
「だから、全然悪いと思ってるように見えないんだって。俺がプレゼントをあげても、あっさりとありがとうって言うだけ。喜んでないって俺が気づいてないとでも思ったのか? 心の中ではくだらないもんだってバカにしてたんだろう? 実際、一度も髪留めをつけてないもんな」
秀旭が誕生日にくれた髪留めは千尋の髪につけようとした秀旭が壊したのではないか。髪留めとして使えなくなったから、バッグにつけると言って受け取ったのだ。
千尋が今日持っているバッグにプレゼントの髪留めがついているが、彼はどんな髪留めを千尋に贈ったかを覚えていないのだろう。
「もう、いいよ」
千尋は嘆息し、諦念の思いで目を伏せる。
「なにがいいんだよ。女なら普通はさ、別れ話のときくらい泣いたりするだろ」
好きだった人の口からこぼれ出るのは、千尋への不満ばかり。
泣いて辛いと喚けば別れなくて済むのか。
涙をこぼせば、愛を信じてもらえるのか。
違うだろう。そんな真似をしたって、惨めになるだけだ。
それに、なにもかもが今さらである。
冷めていると言われればそれまでなのかもしれないが、千尋はもう言葉を尽くしてまで秀旭とやり直したい気持ちにはならなかった。
「お前にとって男はアクセサリーのひとつでしかないんだろ。はなから俺と恋愛をする気なんてなかったんだ。お前みたいな冷めた女となんて付き合わなきゃよかった」
「あなたがそう思うならそうかもね。で、別れるでいいの? それとも謝ってほしい?」
これ以上、秀旭の口から自分を責める言葉は聞きたくなくて、突き放すように言った。
散々、愚痴を聞かされれば投げやりにもなるし、これ以上彼の話を聞いていたら泣いてしまいそうだった。もしかしたら彼は、千尋が泣いた方が嬉しいのかもしれないが。
「だから……っ、もういいよ!」
秀旭は料理にいっさい手をつけないまま、会計さえせずに席を立った。
秀旭が店を出ていくのを見送っていると、カウンター席からこちらに視線を向けている男性と目が合う。
(え……うそでしょうっ!)
男性は入り口近くのカウンター席に座っており、ひとりでグラスを傾けていた。
つい数時間前まで仕事の話をしていた千尋の上司──玖代《くしろ》大和《やまと》は、興味深げに千尋を見ると、カウンターに置かれたグラスを片手にバーテンダーにひと言、ふた言告げて、席を立つ。
(どうして玖代専務がこっちに来るの!?)
嫌味なほど長い脚でわずか十歩ほど。千尋の前に置かれたテーブルにグラスを置いた大和が、こちらの許しなく向かいに腰を下ろした。
「あ、の?」
千尋が戸惑うまま声をかけると、大和は長い脚を組み、こちらを見据えた。
大和は玖代不動産の専務取締役の地位に就いている。
玖代不動産は玖代グループのひとつ、総合デベロッパーとして首都圏の再開発を担う大企業だ。
グループ会社にはマンション建設の玖代レジデンスや戸建て住宅の玖代ホームがあり、重役には玖代家の人間が多数いる。
大和は玖代不動産、現社長のひとり息子で次期社長としての呼び声が高い男だ。千尋は玖代不動産の秘書室に勤務しており、専務取締役である大和とも深く関わっていた。
「どうして、ここに座るんですか?」
千尋が聞くと、大和が肩を竦めた。
そのなんでもない仕草に胸が弾むのは、ときめきではなく緊張のせいだ。明るいオフィスだろうが、雰囲気のいいレストランだろうが、彼はどこにいても目を引く。