無駄を嫌う御曹司とかわいげのない秘書の契約結婚
昼間きっちりと整えられている黒髪はわずかに乱れ、それが凄絶な色気を醸しだしている。
鼻梁は高く真っ直ぐ、くっきりとした二重まぶたと長いまつげが目を引くが、鋭く細められた目のせいで三十三歳という年齢よりもやや老けて見える。
しかし、それは彼にとってまったくマイナスになっていない。むしろ凜々しさと近づきがたさこそが圧倒されるほどの美貌として映っている。
百八十を超えるほどの長身で、細身でありながらも鍛えられた体躯だが、怜悧すぎる見た目だからか〝体育会系〟には見えない。
粗野な印象が欠片もないのは、一分の隙なく着こなしているスーツや磨き上げられた革靴、グラスを持ち上げるだけの仕草にさえ育ちが現れているせいかもしれない。
「椎名」
「は、はい……っ、なにか」
聞き慣れた硬質な声に身構えた。
(今日はなんの仕事をしてたっけ? 清水建設の社長と打ち合わせがあって……)
頭の中で今日一日の仕事がまるで短編映画のように流れていき、額に冷や汗が滲む。
「好きでもない男と交際するのは、時間の無駄ではないか?」
話を聞かれていたのだなと理解したが、それでも一瞬、ここが職場であるかのように感じてしまったのは、彼がいつもとまったく変わらない態度で事務的にそう言ったからだ。
(やっぱり、こういう人よね……)
部下の色恋沙汰にたまたま居合わせたら、普通は気まずくなるものではないか。見なかった、聞かなかったふりをするのがおとなのマナーだと思う。
それなのに大和は、顔色ひとつ変えず平常運転。
むしろその変わらない冷静さに安堵を覚えるほどだ。
「専務……こういう場合、聞かなかったふりをするものでは?」
千尋はおかしな緊張からようやく解き放たれ、脱力するように息を吐いた。
しかも人の機微など察する必要もないとばかりに振る舞うこの上司にまで、〝好きでもない男〟と言い切られてしまったとあって、ショックを隠せない。
(追い打ちをかけないでほしい。どっと疲れる)
プライベートの場に居合わせての言葉なのだから、大和の目から見ても、自分の態度に恋人同士の甘やかさはなかったのだろう。ショックで寝込みそうだ。
「もちろんそのつもりだったし、仕事に影響がないのなら部下の恋愛などどうでもいいが、君たちの会話が今の俺にとっては興味深いものだったからな」
「興味深い、ですか」
「やはり君は、俺の理想に近い相手だ」
無駄を嫌うこの上司がもったいぶったように話すのは珍しい。しかも、彼の態度と言葉がそぐわないからか、なにが言いたいのかまったく伝わらない。
(独身だし、恋人どころか女性にすらまったく興味がないって噂なのに……理想?)
千尋が玖代不動産の秘書室で働きはじめて六年。
第二秘書から第一秘書に昇進し、仕事で大和と直接関わるようになったのはここ一年ほどだが、その短い期間でも彼の性格を知るには十分だった。
ひと言で言えば、男女にかかわらず他人にまったく興味のない男、である。
ただ、仕事に置いては若くして天才的。いくつもの街を再生させ、商業施設建設などの開発に携わり、成功を収めている。
彼の事業計画では路地にもこだわりがあり、街全体を俯瞰して見ているのか、人の少なくなりそうなエリアには桜並木や広場などを設け、流れを誘導する仕掛けが施されていた。
古き良き伝統を残しながらそのエリアの個性を新たに生み出し、人の流れを引き込み再生させる手腕は、一番近くで見てきた千尋からしても尊敬に値するもの。
オフィスビルばかりだった硬質な街は見事に生まれ変わり、今や家族連れやカップルにも大人気のエリアとなっている。
それを手がけた男は三十三歳独身、無駄を嫌い、アプローチしてくる女性と関わる気はゼロで、堅物でさらに潔癖のきらいまである。
デスクの上は整然としていて誇りひとつ落ちていない。大和が観葉植物の埃を丁寧に拭いていたのを見たと秘書のひとりが言っていた。
そして、媚びてくる女性に対しての辛辣っぷりは有名で、ただの世間話でさえも「その話はいつまで続く? 時間の無駄としか思えない」とバッサリ切って捨てるのだ。
仕事に関しても、陰で役員から男勝りなどと言われる千尋でさえ、何度も泣きそうになるくらいに厳しい。
オフィスに大和がいるだけで、その場がピリッと引き締まり、緊張感が増す。さながら、昭和のお父さんである。
千尋の心境としては、プライベートの場であるはずの今も同じ。しかも自分は恋人に振られたばかりの傷心だと言うのに、顔も肩も強張るし、気も抜けない。
「理想に近い相手とは?」
「俺の結婚相手の理想に近いという意味だ。椎名、俺の結婚相手にならないか?」
千尋が戸惑いながらも、大和の真意を探るために尋ねると、返ってきたのは思いも寄らない言葉。
「はい?」
鼻梁は高く真っ直ぐ、くっきりとした二重まぶたと長いまつげが目を引くが、鋭く細められた目のせいで三十三歳という年齢よりもやや老けて見える。
しかし、それは彼にとってまったくマイナスになっていない。むしろ凜々しさと近づきがたさこそが圧倒されるほどの美貌として映っている。
百八十を超えるほどの長身で、細身でありながらも鍛えられた体躯だが、怜悧すぎる見た目だからか〝体育会系〟には見えない。
粗野な印象が欠片もないのは、一分の隙なく着こなしているスーツや磨き上げられた革靴、グラスを持ち上げるだけの仕草にさえ育ちが現れているせいかもしれない。
「椎名」
「は、はい……っ、なにか」
聞き慣れた硬質な声に身構えた。
(今日はなんの仕事をしてたっけ? 清水建設の社長と打ち合わせがあって……)
頭の中で今日一日の仕事がまるで短編映画のように流れていき、額に冷や汗が滲む。
「好きでもない男と交際するのは、時間の無駄ではないか?」
話を聞かれていたのだなと理解したが、それでも一瞬、ここが職場であるかのように感じてしまったのは、彼がいつもとまったく変わらない態度で事務的にそう言ったからだ。
(やっぱり、こういう人よね……)
部下の色恋沙汰にたまたま居合わせたら、普通は気まずくなるものではないか。見なかった、聞かなかったふりをするのがおとなのマナーだと思う。
それなのに大和は、顔色ひとつ変えず平常運転。
むしろその変わらない冷静さに安堵を覚えるほどだ。
「専務……こういう場合、聞かなかったふりをするものでは?」
千尋はおかしな緊張からようやく解き放たれ、脱力するように息を吐いた。
しかも人の機微など察する必要もないとばかりに振る舞うこの上司にまで、〝好きでもない男〟と言い切られてしまったとあって、ショックを隠せない。
(追い打ちをかけないでほしい。どっと疲れる)
プライベートの場に居合わせての言葉なのだから、大和の目から見ても、自分の態度に恋人同士の甘やかさはなかったのだろう。ショックで寝込みそうだ。
「もちろんそのつもりだったし、仕事に影響がないのなら部下の恋愛などどうでもいいが、君たちの会話が今の俺にとっては興味深いものだったからな」
「興味深い、ですか」
「やはり君は、俺の理想に近い相手だ」
無駄を嫌うこの上司がもったいぶったように話すのは珍しい。しかも、彼の態度と言葉がそぐわないからか、なにが言いたいのかまったく伝わらない。
(独身だし、恋人どころか女性にすらまったく興味がないって噂なのに……理想?)
千尋が玖代不動産の秘書室で働きはじめて六年。
第二秘書から第一秘書に昇進し、仕事で大和と直接関わるようになったのはここ一年ほどだが、その短い期間でも彼の性格を知るには十分だった。
ひと言で言えば、男女にかかわらず他人にまったく興味のない男、である。
ただ、仕事に置いては若くして天才的。いくつもの街を再生させ、商業施設建設などの開発に携わり、成功を収めている。
彼の事業計画では路地にもこだわりがあり、街全体を俯瞰して見ているのか、人の少なくなりそうなエリアには桜並木や広場などを設け、流れを誘導する仕掛けが施されていた。
古き良き伝統を残しながらそのエリアの個性を新たに生み出し、人の流れを引き込み再生させる手腕は、一番近くで見てきた千尋からしても尊敬に値するもの。
オフィスビルばかりだった硬質な街は見事に生まれ変わり、今や家族連れやカップルにも大人気のエリアとなっている。
それを手がけた男は三十三歳独身、無駄を嫌い、アプローチしてくる女性と関わる気はゼロで、堅物でさらに潔癖のきらいまである。
デスクの上は整然としていて誇りひとつ落ちていない。大和が観葉植物の埃を丁寧に拭いていたのを見たと秘書のひとりが言っていた。
そして、媚びてくる女性に対しての辛辣っぷりは有名で、ただの世間話でさえも「その話はいつまで続く? 時間の無駄としか思えない」とバッサリ切って捨てるのだ。
仕事に関しても、陰で役員から男勝りなどと言われる千尋でさえ、何度も泣きそうになるくらいに厳しい。
オフィスに大和がいるだけで、その場がピリッと引き締まり、緊張感が増す。さながら、昭和のお父さんである。
千尋の心境としては、プライベートの場であるはずの今も同じ。しかも自分は恋人に振られたばかりの傷心だと言うのに、顔も肩も強張るし、気も抜けない。
「理想に近い相手とは?」
「俺の結婚相手の理想に近いという意味だ。椎名、俺の結婚相手にならないか?」
千尋が戸惑いながらも、大和の真意を探るために尋ねると、返ってきたのは思いも寄らない言葉。
「はい?」