ブーケの行方と、あの日の片思い
第十二章:妙に落ち着いた彼
優花は、乾杯のときに宏樹と交わした言葉を胸の内でそっと何回も呟いた。
ただの近況報告のはずなのに、その奥にある“変化”が、どうしても気になってしまう。
宏樹の落ち着きは、単に年齢を重ねた結果ではない――。
優花にはそう感じられた。
学生時代の宏樹は、どこにいても中心だった。
冗談を言っては大きく笑い、周囲を巻き込むように場を明るくする。
あの頃の彼は、誰よりも自由で軽やかだった。
だが、今の宏樹には静かな影がある。
笑うときも控えめで、言葉の端々に“必要以上に感情を乗せない意識”が感じられた。
(……妙に落ち着いている。)
向かい側のテーブルを見ると、宏樹は友人たちの話に耳を傾けている。
けれど、その視線はどこか遠く――
まるで、別の場所に片足を置いたまま話しているようにも見えた。
表情にはうっすらと疲労の色。
その疲れは、社会で責任を背負った男のものだった。
ふと、彼のネクタイに目が留まる。
深い色味の無地のネクタイ――
以前、街中で見かけたとき「今の宏樹に似合いそう」と一瞬思った、あの色とそっくりだった。
そして、会話の途中で姿勢を傾けたとき、ジャケットの内ポケットからわずかに覗いたストラップ。
小型の一眼レフカメラのものだ。
(カメラ? 宏樹、写真なんて興味あったっけ……?)
かつての宏樹の趣味は、フットサル、バンド、アウトドア。
常に“動き続ける”彼だった。
それが今は、ひとりで静かに向き合う趣味――写真。
その変化は、彼の落ち着きと不思議に繋がっていた。
忙しい日々の合間に、彼は静けさを求めるようになったのかもしれない。
優花は、彼の変化を見つめながら、自分の認識も切り替える必要があると悟った。
宏樹は、優花が憧れ続けた“過去の彼”ではない。
“今の沢村宏樹”として向き合わなくてはならないのだ。
そして――
一番心に残っていたのは、彼が言った「変わらないね」の一言。
それが、過去の優花――
“遠くから見つめるだけの女の子”
という印象を、彼がまだ持っているのではないかという不安を呼び起こした。
だが優花は、ふと気づく。
乾杯の後、彼はわざわざ優花のテーブルに来てくれた。
「ゆっくり話したかった」と言い、
そして優花の仕事に興味を示し、
会話の間じゅう、視線を逸らさなかった。
あの時のまなざしは、
単なる礼儀でも、懐かしさだけでもない。
――“今の相沢優花”という女性を、初めて正面から見ようとしている。
優花にはそう感じられた。
(……よし。)
優花はナイフとフォークを握り直し、深呼吸をした。
彼の変化は不安もくれるけれど、同時に――
過去に縛られない、新しい関係を築くためのチャンスでもある。
向かい側を見ると、宏樹は友人と真面目な表情で話している。
優花はそっと視線を外し、目の前に運ばれてきた色鮮やかなデザートに集中した。
もう、遠くから見ているだけの優花ではない。
二次会という次の“交差点”で――
優花は彼と、ひとりの大人として向き合うのだ。
ただの近況報告のはずなのに、その奥にある“変化”が、どうしても気になってしまう。
宏樹の落ち着きは、単に年齢を重ねた結果ではない――。
優花にはそう感じられた。
学生時代の宏樹は、どこにいても中心だった。
冗談を言っては大きく笑い、周囲を巻き込むように場を明るくする。
あの頃の彼は、誰よりも自由で軽やかだった。
だが、今の宏樹には静かな影がある。
笑うときも控えめで、言葉の端々に“必要以上に感情を乗せない意識”が感じられた。
(……妙に落ち着いている。)
向かい側のテーブルを見ると、宏樹は友人たちの話に耳を傾けている。
けれど、その視線はどこか遠く――
まるで、別の場所に片足を置いたまま話しているようにも見えた。
表情にはうっすらと疲労の色。
その疲れは、社会で責任を背負った男のものだった。
ふと、彼のネクタイに目が留まる。
深い色味の無地のネクタイ――
以前、街中で見かけたとき「今の宏樹に似合いそう」と一瞬思った、あの色とそっくりだった。
そして、会話の途中で姿勢を傾けたとき、ジャケットの内ポケットからわずかに覗いたストラップ。
小型の一眼レフカメラのものだ。
(カメラ? 宏樹、写真なんて興味あったっけ……?)
かつての宏樹の趣味は、フットサル、バンド、アウトドア。
常に“動き続ける”彼だった。
それが今は、ひとりで静かに向き合う趣味――写真。
その変化は、彼の落ち着きと不思議に繋がっていた。
忙しい日々の合間に、彼は静けさを求めるようになったのかもしれない。
優花は、彼の変化を見つめながら、自分の認識も切り替える必要があると悟った。
宏樹は、優花が憧れ続けた“過去の彼”ではない。
“今の沢村宏樹”として向き合わなくてはならないのだ。
そして――
一番心に残っていたのは、彼が言った「変わらないね」の一言。
それが、過去の優花――
“遠くから見つめるだけの女の子”
という印象を、彼がまだ持っているのではないかという不安を呼び起こした。
だが優花は、ふと気づく。
乾杯の後、彼はわざわざ優花のテーブルに来てくれた。
「ゆっくり話したかった」と言い、
そして優花の仕事に興味を示し、
会話の間じゅう、視線を逸らさなかった。
あの時のまなざしは、
単なる礼儀でも、懐かしさだけでもない。
――“今の相沢優花”という女性を、初めて正面から見ようとしている。
優花にはそう感じられた。
(……よし。)
優花はナイフとフォークを握り直し、深呼吸をした。
彼の変化は不安もくれるけれど、同時に――
過去に縛られない、新しい関係を築くためのチャンスでもある。
向かい側を見ると、宏樹は友人と真面目な表情で話している。
優花はそっと視線を外し、目の前に運ばれてきた色鮮やかなデザートに集中した。
もう、遠くから見ているだけの優花ではない。
二次会という次の“交差点”で――
優花は彼と、ひとりの大人として向き合うのだ。