ブーケの行方と、あの日の片思い
第十三章:ブーケトスの行方
披露宴は中盤に差し掛かり、ケーキ入刀とファーストバイトで場内の熱気は最高潮に達していた。
続いて、美咲がずっと楽しみにしていたブーケトスの時間がやってくる。
「未婚の女性の皆様、どうぞ前へ!」
司会者の明るい声に、会場がいっせいにざわめいた。
優花のテーブルからは、恵理をはじめ数名が歓声を上げながら立ち上がり、会場後方に設けられたテラスへ走っていく。
優花は席に残り、その光景を微笑ましく眺めていた。
(ブーケトス、ね……)
結婚願望がないわけではない。
ただ、大勢の視線の中で幸せを掴みにいくという行為には、どこか気恥ずかしさがあった。
まして、もしブーケをキャッチして宏樹の注目を集めるようなことになれば――
優花にとっては複雑すぎる。
「優花、行かなくていいの?」
隣の淳子が問いかける。
「うん。私は……美咲の幸せを見てる方が性に合ってるから」
そう言って微笑み、シャンパンをひと口含む。
女性陣が席を離れたことで、優花の周囲はひっそりと静かになった。
そのとき、向かい側のテーブルでも男性たちが立ち上がる姿が目に入った。
宏樹もその中にいた。
彼は友人たちと一緒に、テラスの扉の開く様子を見ようと歩き、自然と優花のテーブルのすぐ近くまで来ていた。
宏樹はテラスの方へ視線を向けていたが――
ふと、優花が座っているのに気づき、そっと顔を向けた。
「相沢は参加しないんだ?」
穏やかな声だった。
「はい。私は……縁起物は遠くから見守るタイプで」
優花は、少し照れ隠しの笑みを浮かべる。
「そっか。相沢らしいな」
その「相沢らしい」の一言が、優花の胸の奥で静かに響く。
彼は優花の性格を、まだ覚えていてくれたのだろうか。
その瞬間、テラスの扉が開き、美咲がブーケを掲げた。
会場はカウントダウンの声で包まれる。
「スリー! ツー! ワン!」
ブーケは華麗な弧を描き、宙へ舞い上がる。
歓声が上がり、優花も思わず身を乗り出して見守った。
ブーケは優花の足元からは少し遠い位置へ落ち、キャッチしたのは恵理の友人だった。
拍手が巻き起こり、明るい歓声がテラスに響く。
優花が姿勢を戻した、その瞬間だった。
宏樹の右手が――
優花の左肩に、ふわりと触れた。
ほんの一瞬。
偶然のように、軽く。
「お、惜しかったね。あの子、ナイスキャッチだな」
宏樹はまるで勢いで触れてしまったかのように、すぐ手を離す。
その表情はいつも通り落ち着いており、特別な意図は感じられなかった。
――はずなのに。
優花の心臓は、一拍遅れて大きく跳ねた。
スーツ越しに伝わった微かな体温。
肩に触れた彼の指先の記憶を、優花の肌が離さない。
(……っ)
優花は思わず、自分の肩にそっと手を添えた。
「え、ええ……本当に盛り上がりましたね」
自分の声が震えていた気がして、慌てて息を整える。
宏樹は優花の動揺に気づく様子もなく、友人たちの輪へ戻っていった。
(ただの偶然……本当に、偶然……)
そう言い聞かせるたびに、逆に心臓の動きが速くなる。
一瞬触れただけなのに、
五年間――どれだけ距離を置いても埋まらなかった空白が、
一気にゼロへ縮まったような衝撃。
触れられる。
彼は、触れられる距離にいる。
それは、優花にとってこの五年間で最も大きな“現実”だった。
そして――
この小さな接触が、優花の胸にひっそりと灯をともした。
二次会で、もう少しだけ彼に近づいてみよう。
ただの友達としてではなく、
“今の相沢優花”として――自分から、歩いていこう。
その決意が、静かな熱となって優花の胸の奥に広がっていった。
続いて、美咲がずっと楽しみにしていたブーケトスの時間がやってくる。
「未婚の女性の皆様、どうぞ前へ!」
司会者の明るい声に、会場がいっせいにざわめいた。
優花のテーブルからは、恵理をはじめ数名が歓声を上げながら立ち上がり、会場後方に設けられたテラスへ走っていく。
優花は席に残り、その光景を微笑ましく眺めていた。
(ブーケトス、ね……)
結婚願望がないわけではない。
ただ、大勢の視線の中で幸せを掴みにいくという行為には、どこか気恥ずかしさがあった。
まして、もしブーケをキャッチして宏樹の注目を集めるようなことになれば――
優花にとっては複雑すぎる。
「優花、行かなくていいの?」
隣の淳子が問いかける。
「うん。私は……美咲の幸せを見てる方が性に合ってるから」
そう言って微笑み、シャンパンをひと口含む。
女性陣が席を離れたことで、優花の周囲はひっそりと静かになった。
そのとき、向かい側のテーブルでも男性たちが立ち上がる姿が目に入った。
宏樹もその中にいた。
彼は友人たちと一緒に、テラスの扉の開く様子を見ようと歩き、自然と優花のテーブルのすぐ近くまで来ていた。
宏樹はテラスの方へ視線を向けていたが――
ふと、優花が座っているのに気づき、そっと顔を向けた。
「相沢は参加しないんだ?」
穏やかな声だった。
「はい。私は……縁起物は遠くから見守るタイプで」
優花は、少し照れ隠しの笑みを浮かべる。
「そっか。相沢らしいな」
その「相沢らしい」の一言が、優花の胸の奥で静かに響く。
彼は優花の性格を、まだ覚えていてくれたのだろうか。
その瞬間、テラスの扉が開き、美咲がブーケを掲げた。
会場はカウントダウンの声で包まれる。
「スリー! ツー! ワン!」
ブーケは華麗な弧を描き、宙へ舞い上がる。
歓声が上がり、優花も思わず身を乗り出して見守った。
ブーケは優花の足元からは少し遠い位置へ落ち、キャッチしたのは恵理の友人だった。
拍手が巻き起こり、明るい歓声がテラスに響く。
優花が姿勢を戻した、その瞬間だった。
宏樹の右手が――
優花の左肩に、ふわりと触れた。
ほんの一瞬。
偶然のように、軽く。
「お、惜しかったね。あの子、ナイスキャッチだな」
宏樹はまるで勢いで触れてしまったかのように、すぐ手を離す。
その表情はいつも通り落ち着いており、特別な意図は感じられなかった。
――はずなのに。
優花の心臓は、一拍遅れて大きく跳ねた。
スーツ越しに伝わった微かな体温。
肩に触れた彼の指先の記憶を、優花の肌が離さない。
(……っ)
優花は思わず、自分の肩にそっと手を添えた。
「え、ええ……本当に盛り上がりましたね」
自分の声が震えていた気がして、慌てて息を整える。
宏樹は優花の動揺に気づく様子もなく、友人たちの輪へ戻っていった。
(ただの偶然……本当に、偶然……)
そう言い聞かせるたびに、逆に心臓の動きが速くなる。
一瞬触れただけなのに、
五年間――どれだけ距離を置いても埋まらなかった空白が、
一気にゼロへ縮まったような衝撃。
触れられる。
彼は、触れられる距離にいる。
それは、優花にとってこの五年間で最も大きな“現実”だった。
そして――
この小さな接触が、優花の胸にひっそりと灯をともした。
二次会で、もう少しだけ彼に近づいてみよう。
ただの友達としてではなく、
“今の相沢優花”として――自分から、歩いていこう。
その決意が、静かな熱となって優花の胸の奥に広がっていった。