ブーケの行方と、あの日の片思い

第二十二章:バーの賑わいと待ち合わせ

宏樹に勧められるまま、優花は彼のすぐ隣の席に腰を下ろした。
長椅子の柔らかいクッションが沈み、二人の距離はわずか数十センチ。
体温までは触れないはずなのに、この近さは、確実に優花の胸を高鳴らせていた。

バーの空気は披露宴とはまったく違う。
低い天井、間接照明、テーブルに反射する琥珀色の光。
アップテンポのリズムと、ゲストたちの笑い声が入り混じり、「大人の夜」がゆっくりと流れている。

(こういう場所だと……自然と力が抜けていく。)

優花がそう感じていると、恵理がグラスを片手に声を上げた。

「優花、何飲む? 私はとりあえずビール!」

「私は……甘いカクテルにしようかな。少しだけ」

お酒は強くない。でも、ほんの少しの酔いが、宏樹と肩を並べて話す勇気をくれる気がした。

その言葉を聞いた宏樹が、優花の横顔を覗き込む。

「甘いのって、相沢らしいな。昔からお酒は控えめだったよね」

昔を知っている声。その自然さが、かえって胸にくる。

「宏樹はビールじゃないんですね?」

「今日はウィスキーのソーダ割りにするつもり。こういう雰囲気だと、飲みたくなるんだよ」

言いながら、宏樹はカウンターへ飲み物を取りに向かった。
披露宴では見られなかった、少しラフで力の抜けた背中——その仕草すら、今の優花には眩しかった。

(…美咲、席替えしてくれてありがとう。)

隣同士になれるだけで、二次会の意味がまったく変わる。
ここなら、彼と自然に会話を重ねていける。

宏樹がカウンターへ向かっている間、友人たちとの軽い雑談が始まった。
優花は、落ち着いた声で、仕事のこと、最近の趣味のことを話した。
披露宴の途中で決めた「大人として振る舞う」という方針を、ここで実践しようとしていた。

恵理が、ニヤリと笑って小声で囁く。

「ねえ優花、今日なんか違う。積極的じゃない?」

「え、そうかな。美咲の結婚式だから、テンション上がってるだけだよ」

そう答えながらも——本当は、宏樹が隣にいてくれるだけで、心が前へ進んでいくのを感じていた。

ほどなくして、宏樹が戻ってきた。
片手にはウィスキー、もう片方には優花の甘いカクテル。

「お待たせ。美咲と健太、もうすぐ来るって。…それまで、相沢、少し話そうか」

彼がそう言って差し出したグラスを受け取ると、指先がほんの一瞬だけ触れた。
気のせいかもしれない。けれど、その一瞬の温度が、胸の奥まで届いた。

(待ち合わせみたいだ……)

二人きりで話すことを、宏樹も望んでいる——そう解釈してしまいそうになる。

優花はカクテルを一口飲み、ほのかな甘さと微かなアルコールの刺激で、気持ちを整えた。

そして、静かに彼の方へ向き直る。

「宏樹がウィスキー飲むの、なんだか新鮮です。
学生の頃は、サワーとかの方が好きでしたよね?」

声は自然で、落ち着いている。
だが内心では、この小さな問いかけが、二人の距離をさらに縮める鍵になると分かっていた。

宏樹は、驚いたように目を瞬かせてから、優しく笑った。

「よく覚えてるな。…相沢って、昔からそうだったよね。人のこと、ちゃんと見てる」

その言葉は、会場のざわめきの中でもはっきりと届いた。

そして——ここから、二人の“本音の会話”が、ゆっくりと始まっていくのだった。
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