ブーケの行方と、あの日の片思い
第二十三章:再び、彼の近くへ
優花が「ウィスキーなんて新鮮です」と言うと、
宏樹は手にしたグラスをゆっくりと回し、その琥珀色の揺らぎを眺めながら答えた。
「ああ。学生の頃は、味の違いなんて全然わからなかったけどさ。
仕事してると……落ち着いたものを飲みたくなる時があって。
まあ、俺も少しは“大人になった”ってことかな」
その言い方は自嘲ではなく、変化を柔らかく受け入れた男の落ち着きだった。
優花は、その変化を自然と受け止める。
「うん……でも、今の宏樹には、本当に似合ってます。
披露宴の時も思いましたけど、前よりもずっと落ち着いて……すごく、格好よかったです」
少し勇気を出した。
ほんの少しだけ、大胆な誉め言葉。
宏樹は「格好いい」という直球を受け、目を丸くし、照れたように笑った。
「そう言われると、さすがに照れるな。
でも……ありがとう」
返ってきた笑顔は、披露宴で見た時よりも温かい。
そしてすぐ続けて、少し真面目な声音になった。
「相沢もさ。ドレス姿、すごく綺麗だったけど……今の服の方が、なんていうか…話しかけやすい」
「話しかけやすい……?」
「うん。ドレスだと、ちょっと緊張するんだよ。
今みたいな雰囲気の方が、昔みたいに自然に話せる」
その言葉は、優花に二つの感情を同時に運んだ。
“友人としての距離の近さ”への嬉しさと、
“恋愛対象ではないのかもしれない”という小さな痛み。
だが、優花はすぐに切り替える。
(焦らない。友人としての距離を、まずちゃんと取り戻すんだ。)
その時、隣に座っていた恵理が急に立ち上がった。
「ちょっと私、あっちで健太とゲームしてくるね!
優花、宏樹とゆっくり話してて!」
意味ありげなウィンクを残し、賑やかな輪の中へ消えていく。
残された長椅子には、事実上——優花と宏樹だけ。
(恵理……ありがとう……!)
優花は、気づかれないようにほんの数センチだけ身を寄せた。
密着ではない。でも、会話が自然と落ち着く距離。
「宏樹……さっき少し話した、仕事のことですけど」
優花が切り出すと、宏樹は意外そうに目を向けた。
「落ち着いた雰囲気になったのって……やっぱりお仕事の影響ですか?」
宏樹は少し驚いたように息を呑み、そして視線を落とす。
「……ああ、まあ。そうかもしれないな。
今やってるプロジェクトが結構大きくてさ。責任も重くて、なかなか気が抜けなくて。
昔みたいに、何も考えず騒ぐ余裕がなくなった感じ」
そう言って、ウィスキーを静かに揺らした。
披露宴でも見えた、あの微かな疲労。
でも、誰もそれを言葉にしなかった。
「宏樹……披露宴の時も、少し疲れてるように見えました。
無理、してないですか?」
優花がそう言った瞬間、
宏樹の表情が溶けていく——そんな変化が、目の前で起きた。
彼はゆっくりと息を吐いた。
「……相沢にそう言われると、なんか救われるな。
今日、色んな人と話したけど……“大変だね”って言ってくれた人、いなかったから」
(あ……)
優花は気づいた。
宏樹にとって“理解されること”は、今、とても価値のあることなのだ。
「話す相手があまりいなくてさ。
今日、相沢に会って……こうして話してたら、昔みたいに自然に話せて。
……なんか、久しぶりにちゃんと誰かに聞いてもらえた気がする」
その言葉は、優花の胸の奥深くに、静かに届いた。
(宏樹の……心の内側に、触れられた。)
五年前は、遠くから見つめるだけだった彼。
今は、隣にいて、気持ちを話してくれる。
それは、再会してから最も大きな変化で——
優花は、それを怖がるどころか、まっすぐ受け止めたいと思った。
二人の間の空気は、もう“同窓会の再会”ではない。
友人より少し深く、恋人にはまだ遠い。
けれど確かに、心と心の距離が縮まり始めていた。
宏樹は手にしたグラスをゆっくりと回し、その琥珀色の揺らぎを眺めながら答えた。
「ああ。学生の頃は、味の違いなんて全然わからなかったけどさ。
仕事してると……落ち着いたものを飲みたくなる時があって。
まあ、俺も少しは“大人になった”ってことかな」
その言い方は自嘲ではなく、変化を柔らかく受け入れた男の落ち着きだった。
優花は、その変化を自然と受け止める。
「うん……でも、今の宏樹には、本当に似合ってます。
披露宴の時も思いましたけど、前よりもずっと落ち着いて……すごく、格好よかったです」
少し勇気を出した。
ほんの少しだけ、大胆な誉め言葉。
宏樹は「格好いい」という直球を受け、目を丸くし、照れたように笑った。
「そう言われると、さすがに照れるな。
でも……ありがとう」
返ってきた笑顔は、披露宴で見た時よりも温かい。
そしてすぐ続けて、少し真面目な声音になった。
「相沢もさ。ドレス姿、すごく綺麗だったけど……今の服の方が、なんていうか…話しかけやすい」
「話しかけやすい……?」
「うん。ドレスだと、ちょっと緊張するんだよ。
今みたいな雰囲気の方が、昔みたいに自然に話せる」
その言葉は、優花に二つの感情を同時に運んだ。
“友人としての距離の近さ”への嬉しさと、
“恋愛対象ではないのかもしれない”という小さな痛み。
だが、優花はすぐに切り替える。
(焦らない。友人としての距離を、まずちゃんと取り戻すんだ。)
その時、隣に座っていた恵理が急に立ち上がった。
「ちょっと私、あっちで健太とゲームしてくるね!
優花、宏樹とゆっくり話してて!」
意味ありげなウィンクを残し、賑やかな輪の中へ消えていく。
残された長椅子には、事実上——優花と宏樹だけ。
(恵理……ありがとう……!)
優花は、気づかれないようにほんの数センチだけ身を寄せた。
密着ではない。でも、会話が自然と落ち着く距離。
「宏樹……さっき少し話した、仕事のことですけど」
優花が切り出すと、宏樹は意外そうに目を向けた。
「落ち着いた雰囲気になったのって……やっぱりお仕事の影響ですか?」
宏樹は少し驚いたように息を呑み、そして視線を落とす。
「……ああ、まあ。そうかもしれないな。
今やってるプロジェクトが結構大きくてさ。責任も重くて、なかなか気が抜けなくて。
昔みたいに、何も考えず騒ぐ余裕がなくなった感じ」
そう言って、ウィスキーを静かに揺らした。
披露宴でも見えた、あの微かな疲労。
でも、誰もそれを言葉にしなかった。
「宏樹……披露宴の時も、少し疲れてるように見えました。
無理、してないですか?」
優花がそう言った瞬間、
宏樹の表情が溶けていく——そんな変化が、目の前で起きた。
彼はゆっくりと息を吐いた。
「……相沢にそう言われると、なんか救われるな。
今日、色んな人と話したけど……“大変だね”って言ってくれた人、いなかったから」
(あ……)
優花は気づいた。
宏樹にとって“理解されること”は、今、とても価値のあることなのだ。
「話す相手があまりいなくてさ。
今日、相沢に会って……こうして話してたら、昔みたいに自然に話せて。
……なんか、久しぶりにちゃんと誰かに聞いてもらえた気がする」
その言葉は、優花の胸の奥深くに、静かに届いた。
(宏樹の……心の内側に、触れられた。)
五年前は、遠くから見つめるだけだった彼。
今は、隣にいて、気持ちを話してくれる。
それは、再会してから最も大きな変化で——
優花は、それを怖がるどころか、まっすぐ受け止めたいと思った。
二人の間の空気は、もう“同窓会の再会”ではない。
友人より少し深く、恋人にはまだ遠い。
けれど確かに、心と心の距離が縮まり始めていた。