ブーケの行方と、あの日の片思い

第二十九章:沈黙を破る音楽

軽快な音楽とともに、スタッフが各テーブルにビンゴカードを配り終える。
会場のあちこちから笑い声が弾け、
「よし当てるぞー!」「景品なんだ!?」と盛り上がる声が響き渡る。

優花はカードを膝の上に置き、数字の並びをぼんやりと眺めた。

(落ち着け、ちゃんと呼吸して…)

さきほどの宏樹との会話が胸の奥で熱を放ち続けていて、
優花はまだ現実に戻り切れていなかった。

そんな優花の様子を、
宏樹は静かに横から覗き込んだ。

「相沢、どんな並び? 当たりそう?」

彼が身を寄せた瞬間、
宏樹の肩が優花の肩に、軽く触れた。

一瞬。

だけど、その温度は驚くほど鮮明だった。

「ひゃっ……あ、えっと……全然まだ揃いません」

優花は慌てて言葉を繋ぐ。
彼の体温が、耳まで熱を届ける。

宏樹は小さく笑い、
わざとらしくない自然な動作で、
優花のカードに視線を落とす。

「俺もまだだな。
 でも、こういうのって最後の方が当たるんだよな」

並んでカードを見るその姿は、
外から見れば恋人そのものだった。

会場がざわめき、司会者が声を張る。

「では最初の番号いきます!
 ……31番!」

「ないな」
「私もです」

二人は同時に首を振って笑い合う。

――その笑顔の重なり方が、もう昔の友人ではなかった。

続いて番号が呼ばれ、会場は一喜一憂する。
しかし優花と宏樹は、誰よりも穏やかな空気を纏っていた。

3つめの番号が読み上げられたとき。

「あ、あった。これで一列の半分だ」
宏樹が嬉しそうに優花の肩に軽く触れて示した。

自然すぎるその動きに、
優花は心臓を抑えることができなかった。

(だめ……いちいち反応してたら…)

でも、抑えようとしても抑えきれない。

宏樹は気づいているのか、気づいていないのか――
ふと優しく囁くように言った。

「今日はよく当ててほしいな。
 ……相沢が喜ぶ顔、もっと見たいから」

優花は一瞬、言葉を失った。

彼は冗談っぽく言ったのかもしれない。
でも、その声音はどこか真剣だった。

鼓動が速くなる。
カクテルのせいではない。

(こんなの……期待してしまう)

しかし、その時。

「おーい! 宏樹、ビール追加で頼んでくれー!」

どこかのテーブルから友人の声が飛ぶ。

宏樹は一瞬だけ顔を上げたが、すぐに優花に向き直った。

「……後でいいって言っといて。今、こっち優先」

軽く微笑んでそう言うと、
彼はまた優花のカードに視線を戻した。

たったそれだけの言葉で、
優花の胸の奥は一気に熱を帯びた。

(“今、こっち優先”…?)

優花に向けられたその肯定は、
ビンゴの景品よりもずっと特別なものだった。

司会者が次の番号を読み上げる。

「……22番!」

「きた」
「わ、私も!」

二人は同時に印をつけ、
さっきよりもずっと近い距離で顔を見合わせた。

そして――
二人だけの小さな熱は、確かに深まっていった。
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