ブーケの行方と、あの日の片思い

第三十二章:送られたメッセージ


二次会が終わり、友人たちと別れた優花は、終電前の電車に乗り込んだ。
車内はまばらで、窓の外を流れる街の灯りは、どこかぼんやりと滲んで見えた。

体は疲れているはずなのに、心は軽やかだった。

——宏樹と交わした一つひとつの言葉。
——彼が見せてくれた、誰にも語っていなかった弱さ。
——そして「また連絡する」という、曖昧ではない約束。

五年間、心の奥にしまっていた想いへ、初めて“現実の答え”が返ってきたような夜だった。



家にたどり着き、優花はコートも脱がずにソファへ倒れ込んだ。
すぐにバッグを探り、スマートフォンを取り出す。

(……来てるかな。)

タクシーに消えていった彼の後ろ姿が、頭から離れない。
「連絡する」というのは、優しい人なら誰でも言う言葉だ。
その言葉に期待してはいけない——そう何度も言い聞かせながら、画面を立ち上げた。

次の瞬間。

ロック画面に、小さな通知バナーが浮かんでいた。

沢村 宏樹
今日は本当にありがとう。すごく楽しかったよ。
また明日改めて連絡するね。おやすみ。

優花の呼吸が、ふっとほどけた。

——到着してすぐに送ってくれたメッセージ。
——「また連絡する」を、具体的な“明日”という言葉で結び直してくれたこと。
——そして何より、あの人が優花との時間を「楽しかった」と書いてくれたこと。

それらが、胸の奥で小さく、でも確かな音を立てて広がっていく。

(よかった……本当に、連絡してくれた。)

嬉しさを抑えるため、優花はスマホを胸元に押し当てて深呼吸した。
五年前の片思いが今日ようやく報われた——そんな実感が、ゆっくりと滲んでくる。

落ち着いてから、短い返信を打った。

お疲れ様でした。私も楽しかったです。
ゆっくり休んでくださいね。おやすみなさい

長文で気持ちを押しつけたくない。
明日の“改めての連絡”まで、静かに待つと決めた。

送信を終えると、優花はスマホを胸に抱きしめて、ソファに体を預けた。
今日の幸福を手放したくなくて、しばらくぼんやりと余韻に浸る。

——その時。
静まり返った部屋に、再びスマホの光が灯った。

沢村 宏樹
🙂

絵文字ひとつだけ。
でも、その笑顔は、言葉以上に彼の“素の気持ち”を伝えていた。

気取らず、余計な飾りもなく、ただ優しく寄り添うような一文字。

優花は思わず、そっと目を閉じた。

(……楽しみだな、明日が。)

ソファに横たわったまま、満たされた微笑みを浮かべて、ゆっくりと眠りに落ちていった。

——明日の朝、
彼から届く“最初の一歩”となるメッセージを、胸いっぱいに期待しながら。
< 32 / 51 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop