ブーケの行方と、あの日の片思い
第四章:会場への到着とノスタルジー
結婚式当日。
優花は朝早く目を覚まし、鏡の前で丁寧にメイクを整えた。濃くはしない――けれど、式の場で顔色が映えるように。前日に予約していた美容院でヘアセットを済ませると、深いネイビーのロングドレスに袖を通す。
「……よし」
鏡に映る自分へ、小さく頷く。
落ち着きと自信を纏った“今の優花”。
これなら、どんな再会が訪れたとしても、表情を乱さずにいられる気がした。
式場は、都心に佇む歴史ある教会と、モダンな披露宴会場を併設した人気のスポットだった。タクシーを降りると、すでにエントランスには多くの招待客が集まり、華やかな空気に満ちている。
優花が受付へ向かおうとしたその時――
「優花ー!」
背後から聞き慣れた声が響いた。振り返ると、かつての友人グループの恵理と健太(花婿とは別の友人)が、嬉しそうに手を振っている。
「久しぶり!」
「優花、大人になったなぁ! そのドレスめっちゃ似合ってる!」
恵理の言葉に照れつつも、優花は胸の奥が少し軽くなる。
懐かしい仲間たちと声を交わせば、緊張の糸がふわりとほどけていくようだった。
「宏樹はまだ来てないよな?」
健太が周囲を見回した瞬間――優花の心臓が、不意に跳ねた。
「受付に名前はあったけど、ちょっと遅れるって美咲に連絡してたみたい」
恵理がそう言い、優花は息をつく。
まだ対面はしない、その“猶予”にほんの少しホッとした自分がいた。
三人は談笑しながら待合スペースへ向かう。
生花が飾られ、クラシック音楽が流れるロビーは、落ち着いた優雅さに満ちていた。その雰囲気が、優花の記憶を静かに呼び覚ましていく。
(あんなに賑やかだった教室が、こんなに上品な空間になるなんて)
体育祭で泥だらけになって笑い、テスト前は図書館にこもって眠気と戦った日々。
その中心で、いつも太陽のように笑っていた宏樹。
優花は、そんな彼を遠くから見つめるだけだった昔の自分を思い出す。
「優花、ぼーっとしてる。何か思い出した?」
健太に肩を軽く叩かれ、優花は慌てて笑顔を取り繕った。
「ううん。ただ、美咲と健太の門出を思うと……感慨深くて」
その瞬間――
受付の方で、招待客の人だかりがゆるやかに動いた。
ふと、胸の奥で何かがざわつき、優花はそちらを振り向く。
ちょうど、受付を済ませたばかりの長身の男性がゆっくりと歩き出すところだった。
すらりと伸びた背筋、シンプルなのに洗練されたスーツ姿。
自然と視線が離せなくなる。
健太が明るい声で叫んだ。
「お、来た来た! 宏樹ー!」
その瞬間、男性は振り返った。
沢村宏樹――。
間違いなく、あの頃と同じ名前の彼だった。
視線が、健太へ、恵理へ、そして最後に――優花へと向けられる。
五年という時間は、確かに彼を変えていた。
少年の柔らかさを残しながらも、精悍さを増した横顔。
落ち着きのあるまなざし。
大人の男性としての空気。
優花は、息をすることさえ忘れた。
胸の奥にそっとしまい込み、もう響くことはないと思っていた感情――
五年前の片思いの残響が、
たった一瞬で激しい鼓動となって蘇った。
優花は朝早く目を覚まし、鏡の前で丁寧にメイクを整えた。濃くはしない――けれど、式の場で顔色が映えるように。前日に予約していた美容院でヘアセットを済ませると、深いネイビーのロングドレスに袖を通す。
「……よし」
鏡に映る自分へ、小さく頷く。
落ち着きと自信を纏った“今の優花”。
これなら、どんな再会が訪れたとしても、表情を乱さずにいられる気がした。
式場は、都心に佇む歴史ある教会と、モダンな披露宴会場を併設した人気のスポットだった。タクシーを降りると、すでにエントランスには多くの招待客が集まり、華やかな空気に満ちている。
優花が受付へ向かおうとしたその時――
「優花ー!」
背後から聞き慣れた声が響いた。振り返ると、かつての友人グループの恵理と健太(花婿とは別の友人)が、嬉しそうに手を振っている。
「久しぶり!」
「優花、大人になったなぁ! そのドレスめっちゃ似合ってる!」
恵理の言葉に照れつつも、優花は胸の奥が少し軽くなる。
懐かしい仲間たちと声を交わせば、緊張の糸がふわりとほどけていくようだった。
「宏樹はまだ来てないよな?」
健太が周囲を見回した瞬間――優花の心臓が、不意に跳ねた。
「受付に名前はあったけど、ちょっと遅れるって美咲に連絡してたみたい」
恵理がそう言い、優花は息をつく。
まだ対面はしない、その“猶予”にほんの少しホッとした自分がいた。
三人は談笑しながら待合スペースへ向かう。
生花が飾られ、クラシック音楽が流れるロビーは、落ち着いた優雅さに満ちていた。その雰囲気が、優花の記憶を静かに呼び覚ましていく。
(あんなに賑やかだった教室が、こんなに上品な空間になるなんて)
体育祭で泥だらけになって笑い、テスト前は図書館にこもって眠気と戦った日々。
その中心で、いつも太陽のように笑っていた宏樹。
優花は、そんな彼を遠くから見つめるだけだった昔の自分を思い出す。
「優花、ぼーっとしてる。何か思い出した?」
健太に肩を軽く叩かれ、優花は慌てて笑顔を取り繕った。
「ううん。ただ、美咲と健太の門出を思うと……感慨深くて」
その瞬間――
受付の方で、招待客の人だかりがゆるやかに動いた。
ふと、胸の奥で何かがざわつき、優花はそちらを振り向く。
ちょうど、受付を済ませたばかりの長身の男性がゆっくりと歩き出すところだった。
すらりと伸びた背筋、シンプルなのに洗練されたスーツ姿。
自然と視線が離せなくなる。
健太が明るい声で叫んだ。
「お、来た来た! 宏樹ー!」
その瞬間、男性は振り返った。
沢村宏樹――。
間違いなく、あの頃と同じ名前の彼だった。
視線が、健太へ、恵理へ、そして最後に――優花へと向けられる。
五年という時間は、確かに彼を変えていた。
少年の柔らかさを残しながらも、精悍さを増した横顔。
落ち着きのあるまなざし。
大人の男性としての空気。
優花は、息をすることさえ忘れた。
胸の奥にそっとしまい込み、もう響くことはないと思っていた感情――
五年前の片思いの残響が、
たった一瞬で激しい鼓動となって蘇った。