ブーケの行方と、あの日の片思い
第八章:披露宴、着席の不安
優花が案内されたのは、高砂から見て右側――友人席の中でも比較的前方にあたるテーブルだった。
席札の隣には、丁寧に折られた席次表。優花は自分の席を確認したあと、さりげなく席次表を開く。
美咲と健太は、友人たちが偏りなく座れるよう細やかに配慮してくれたらしい。
高校の共通グループは、このテーブルと、向かい側のテーブル、さらに奥のテーブルに分散していた。
優花は指先で、ある名前をそっとたどる。
――「沢村 宏樹」
宏樹の名前は、優花のテーブルの向かい側、高砂寄りの席にあった。
教会での位置より少し近いが、それでもすぐ隣ではない。
(……よかった)
胸の奥の緊張が、ほんの少しだけ緩んだ。
もし隣の席だったら、きっと料理どころではなかっただろう。
適度な距離は、優花にとって“普通の友人として”振る舞うための最後の防波堤だった。
しかし――安堵と一緒に、微かな寂しさが胸に沈む。
この席順では、自分から動かなければ、宏樹とゆっくり話す時間はほとんどつくれない。
「優花、すっごい真剣に見てるね。健太の親戚に誰かイイ男いないか探してるわけ?」
隣の恵理がニヤニヤしながら覗き込む。
「ち、違うよ。ただ……二人の席順のセンスを見てただけ」
慌てて席次表を閉じる優花に、恵理は「ふーん」といたずらっぽく笑い、向かい側に視線を向けた。
「宏樹はあっちだもんね」
その言葉に心臓が跳ねたが、悟られないよう優花はグラスの水をひと口ふくむ。
宏樹はまだ席に着いておらず、友人たちと入り口付近で談笑していた。
優花は視線に気づかれぬよう、ほんの一瞬だけ彼の姿を確かめる。
広い会場の中で、彼は一社会人として、新郎新婦を祝福するためにそこにいる。
優花もまた、同じ立場の「友人」だ。
(大丈夫。席が離れていても、挨拶はしたし……二次会もある。話す機会は、きっと巡ってくる)
優花は席札にそっと触れる。
ここにいるのは、過去の片思いに縛られていた少女ではない――
大人の女性、相沢優花だ。
「よーし、乾杯までに飲み物頼もっか!」
恵理が腕を軽く叩く。
「うん」
優花は微笑み、係員にシャンパンを注文した。
グラスの中でシュワッと泡が弾け、光を反射して揺れる。
(今日の目標……五分間。宏樹と、普通に、穏やかに話す)
そして、
彼を“片思いの相手”ではなく、“友人の沢村宏樹”として自分の心に位置づけ直すこと。
グラスを手にしたとき、向かい側のテーブルが少しざわめいた。
宏樹が友人たちと共に、ようやく席へ向かったのだ。
椅子に腰を下ろす横顔は落ち着きがあり、笑うたびに柔らかな陰影が頬に浮かぶ。
そのさりげない仕草に、優花の胸はまた少しだけ騒ぎを増した。
彼を見ないようにと視線を切るのが、思っていたよりも難しい。
優花はシャンパンを小さく飲み、自分を落ち着かせるように息を整えた。
やがて照明が落ち、新郎新婦入場のアナウンスが流れる。
優花はグラスを置き、宏樹から視線を離した。
今この瞬間、優花が見つめるべきは――
大切な親友、美咲の幸せだ。
祝福の気持ちと、まだ整理しきれない期待。
二つの感情が、胸の中で静かに交差していた。
席札の隣には、丁寧に折られた席次表。優花は自分の席を確認したあと、さりげなく席次表を開く。
美咲と健太は、友人たちが偏りなく座れるよう細やかに配慮してくれたらしい。
高校の共通グループは、このテーブルと、向かい側のテーブル、さらに奥のテーブルに分散していた。
優花は指先で、ある名前をそっとたどる。
――「沢村 宏樹」
宏樹の名前は、優花のテーブルの向かい側、高砂寄りの席にあった。
教会での位置より少し近いが、それでもすぐ隣ではない。
(……よかった)
胸の奥の緊張が、ほんの少しだけ緩んだ。
もし隣の席だったら、きっと料理どころではなかっただろう。
適度な距離は、優花にとって“普通の友人として”振る舞うための最後の防波堤だった。
しかし――安堵と一緒に、微かな寂しさが胸に沈む。
この席順では、自分から動かなければ、宏樹とゆっくり話す時間はほとんどつくれない。
「優花、すっごい真剣に見てるね。健太の親戚に誰かイイ男いないか探してるわけ?」
隣の恵理がニヤニヤしながら覗き込む。
「ち、違うよ。ただ……二人の席順のセンスを見てただけ」
慌てて席次表を閉じる優花に、恵理は「ふーん」といたずらっぽく笑い、向かい側に視線を向けた。
「宏樹はあっちだもんね」
その言葉に心臓が跳ねたが、悟られないよう優花はグラスの水をひと口ふくむ。
宏樹はまだ席に着いておらず、友人たちと入り口付近で談笑していた。
優花は視線に気づかれぬよう、ほんの一瞬だけ彼の姿を確かめる。
広い会場の中で、彼は一社会人として、新郎新婦を祝福するためにそこにいる。
優花もまた、同じ立場の「友人」だ。
(大丈夫。席が離れていても、挨拶はしたし……二次会もある。話す機会は、きっと巡ってくる)
優花は席札にそっと触れる。
ここにいるのは、過去の片思いに縛られていた少女ではない――
大人の女性、相沢優花だ。
「よーし、乾杯までに飲み物頼もっか!」
恵理が腕を軽く叩く。
「うん」
優花は微笑み、係員にシャンパンを注文した。
グラスの中でシュワッと泡が弾け、光を反射して揺れる。
(今日の目標……五分間。宏樹と、普通に、穏やかに話す)
そして、
彼を“片思いの相手”ではなく、“友人の沢村宏樹”として自分の心に位置づけ直すこと。
グラスを手にしたとき、向かい側のテーブルが少しざわめいた。
宏樹が友人たちと共に、ようやく席へ向かったのだ。
椅子に腰を下ろす横顔は落ち着きがあり、笑うたびに柔らかな陰影が頬に浮かぶ。
そのさりげない仕草に、優花の胸はまた少しだけ騒ぎを増した。
彼を見ないようにと視線を切るのが、思っていたよりも難しい。
優花はシャンパンを小さく飲み、自分を落ち着かせるように息を整えた。
やがて照明が落ち、新郎新婦入場のアナウンスが流れる。
優花はグラスを置き、宏樹から視線を離した。
今この瞬間、優花が見つめるべきは――
大切な親友、美咲の幸せだ。
祝福の気持ちと、まだ整理しきれない期待。
二つの感情が、胸の中で静かに交差していた。