新堂さんと恋の糸
 (なんでここまで…)

 手紙の返信をしたのは三日前。日にちがない中でここまで準備して、それでも俺がひとこと「取材は受けない」と言ってしまえば、この労力もすべて無駄になる。

 「そもそもの質問をするけど、なんで俺なの?」
 「……え?」
 「デザイナーなら他にもいる。俺みたいに顔出しも取材もNGな人間より、他にもっと適任はいるだろ?」

 俺も日々選ばれないデザインを生み出しては廃棄しているが、それは『オファーがあった上での仕事』だから割り切っているだけで、それとはわけが違う。

 「目的は何?取材を取って編集者として名を上げたいとか?」
 「ち、違います!」

 どうやら功名心があるというわけでもないらしい。

 「じゃあなんで?」

 ―――高校のときに俺の作品を見て、いつか取材してみたいと思った。手紙に書いてあった内容そのままの憧れ。それだけでここまで懸命になれる理由になるのだとしたら。

 櫻井泉は『憧れ』という言葉を、手紙や会話でも何度も使った。賞を取った八年前からほぼメディアに出ていない『新堂梓真』という存在が、彼女の中ではどういう人間に形作られているのだろうか。そんな疑問がふと浮かぶ。

 「憧れと現実が違って冷めた?」

 俺の問いかけに驚いてから「そんなことはありません」と首を振るけれど、実際のところは分からない。

 熱心さだけなら、前にも見た。
 取材の名目で近づいてきて、ラフも写真も好き勝手に持っていった男。

 (口先だけならなんとでも言える)

 ――賞を取っても、生活は楽にならないんですよね?
 ――若いデザイナーが搾取されない仕組みを一緒に作りましょう

 (そんなことを言われて、あの頃の俺は理解者だと勘違いした)

 言葉を扱うことに長けた人間にいいように使われた苦い記憶がよみがえって、俺は目を伏せた。

 編集者なんて、誰が来ても同じ――そう思ってしまえば、断る理由はいくらでも並べられる。
 そのとき、玲央が言っていた言葉が、脳裏をかすめた。 

 『たぶんこの櫻井さんって人、いい人だと思うよ』

 賭けに出てもいいか――ほんの少し、そんな気持ちになった。
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