新堂さんと恋の糸
 ◇◇◇◇

 櫻井泉が事務所に通うようになって二日が経った。
 それほど時間をかけられるわけではないのに、あれほど足の踏み場もなかった作業スペースは綺麗に片付いていた。

 「この本棚の整理、一人でやったのか?」
 「?はい、そうですけど」

 何より驚いたのが、この壁付けの本棚だ。
 床に直置きで積み上がっていた本が収まっているだけではなく、背表紙を見るとジャンルごとに仕分けされて、さらにその中でもサイズごとに綺麗にまとめられている。サイズが揃っているだけでもこんなに見やすいのか。

 (なるほど、相手が本当に求めているものに気づける人間なんだな)

 それから本棚をすべて見終わった後、デスクに置かれた段ボールの中を覗くと今まで床に溢れかえってたボツ案のデザイン画がそのまま入っていた。

 「なんだ、これまだ捨ててなかったのか」
 「……なんかもったいなくて」

 俺は櫻井の答えを聞いて短く息を吐く。驚いた―――つい先日、仕事になるかも分からないのにあれだけの労力をかけた資料を用意していた本人が、これをもったいないと表現することが。

 費やした時間を惜しむ気持ちはなくはないけれど、だからといってこの紙をもったいないと思う発想はなかった。
 今回のクライアントに刺さらなければ、ただのボツ案でしかない。それに書いたのは俺であって自分ではないのに、なぜ櫻井が落ち込んでいるのか?

 (こいつの考えることはよく分からない……)

 俺は櫻井からファイルを取り上げて、中の紙の束をまとめてシュレッダーへと突っ込む。

 「ああ!!」

 機械音に負けないほどの声を上げる櫻井がおかしくて笑ってしまう。俺は紙が吸い込まれていくのを見届けて、デスクの上の段ボールをシュレッダーの近くまで持ってきて床に投げるように置いた。
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