新堂さんと恋の糸
 「一度描いたものは覚えてるから、紙に残す必要がないってだけだ。別のクライアントに形を変えて提案して、採用されることもあるしな」

 なんでわざわざ俺が励ますようなことを言わなきゃならないのか、と思いつつもだからそんな顔をする必要はないと分からせるよう話す。櫻井は少しハッとした顔をしてから「そうなんですね」と呟いた。
 俺の言っている意味を理解したのか段ボールから何枚かのデザイン画を掴むと、少し間を置いてからシュレッダーに吸い込まれていった。
 機械に裁断されていくそれが、見えなくなるまでじっと見つめ続けている横顔を俺は見やる。すると何を思ったのかーー

 「次こそは日の目を見ますように!」

 と言って、ぱんっと両手を合わせた。
 俺は今度こそ呆気に取られた。何かの冗談かと思ったが、手を合わせている横顔は至って真面目だ。俺の視線に気づいたのか、目が合った櫻井は慌てたように言霊だとか何とか言い訳しているが、ますます意味不明だ。

 「オカルト?」
 「せめて信心深いって言ってください!」

 (本当に、何を考えてるんだかよく分からない…)

 そのときふと、ある考えが過ぎった。
 手持ちの分のシュレッダーをかけ終わると、窓際へと移動して外を見た。

 「ちょっとこっち」

 俺がこちらへ呼ぶと、櫻井は作業の手を止めて素直に俺の隣りにやってきた。

 「道路挟んで向かいの通りに、アパレルショップがあるだろ」
 「?はい、見えます」
 「あの店舗デザインを任されたとして、どういうデザインにするか来週までに考えて来い」
 「…えっ!?」

 まぁ、いきなり言われたら驚きもするか。俺も本当に今思いついたから。

 外観を変えるのか、商品の見せ方を変えるのか。それともまったく違うアプローチをするのか。これは完全な好奇心。店舗のデザインをしろと言われてどうするのか、純粋に興味が湧いた。

 こいつが考えるものを、見てみたい。

 「これも雑用の一環なんですか?」
 「さあどうだろうな?じゃあ来週楽しみにしてる」

 それだけを言い残して部屋を出る。
 すると程なくして「何なのもう……!」という声が聞こえてきて、俺は久しぶりに声を出して笑った。
< 110 / 174 >

この作品をシェア

pagetop