新堂さんと恋の糸
 それからも、玲央は部屋に戻るかと思いきや、椅子に座って二人でカタログを見ながら、これが俺のテイストに似ているだとか、ああでもないこうでもないとデザイン談義に花を咲かせていた。

 「私の地元も、伝統工芸ではないんですけど昔から木工製造が盛んだったんです。でも今は職人さんも減って、工場や工房も閉鎖していて……私の実家も、そうでした」

 そして櫻井は実家の工房が中学のときに無くなった話をした。地元の製造業の衰退を目の当たりにして、そういったことを少しでも減らす力になりたいのだと。
 それは今までメールにも手紙にも書かれていない、初めて聞く話だった。

 「だから、新堂さんの取材をしたいんだ?」
 「はい」
 「だそうですよ、新堂さん」

 ――あぁ、やっぱり気づいていたか。

 「いるならノックくらいしてくれても」
 「あいにくドアがないからな」
 「広くてオープンなオフィスも考えものですね…」

 それが彼女にとって精いっぱいの悪態といったふうで、俺は吹き出しそうになる。
 こういうところも、妙に真面目で変わっているなと思う。聞こえないふりだとか関係ないことは口にしないとか、いくらでも回避したり言い逃れできることも一つ一つ答えようとする。

 「実家、工房だったのか」
 「はいそうです」
 「手紙にも書いてなかったし、会ったときにも言ってなかったのはなんで?」
 「それは……同情を引くみたいかな、と思いまして」

 本当によく分からないやつだなと思う。
 使えるものはなんでも使えば、望む結果が得られるかもしれないのに。

 『たぶんこの櫻井さんって人、いい人だと思うよ。何となくだけど』

 (……いい人ね)

 その正直さと単純さが、少し心配になる。
 そのうち誰かに利用されて、騙されたりしなければいいけれど――いつかの俺のように。

 (って、何でこれがそんな心配しなきゃならないんだか……)

 俺は頭によぎった思考から逃れるように何気なくデスクに目をやると、そこに広げてあるノートのラフ画が目に入った。あっ!と慌てたように横から手が伸びてきたので、それをかわして目を落とす。
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