新堂さんと恋の糸
 「誤解しないでほしいんだけど、私も上も櫻井さんに責任を取らせようとかそういうわけではないの」
 「それなら、何とか最後までやらせてもらうことはできませんか?次は今までで一番良いものにします、お願いします最後までやらせてください…!」

 私の懇願に、編集長は困った顔をした。

 「これは先方からの希望なの。担当を変えてほしいって」

 それは、私の気勢をそぐには十分過ぎる一言だった。頭から冷や水を浴びせられたみたいに、さあっと血の気が引いていく。

 (……先方からの、希望)

 つまり、新堂さんが私を外してほしいと依頼したということだ。
 きっと今回の一件で愛想をつかされて、一緒に仕事なんてできないと判断されたということ――新堂さんからノーと言われたのなら、従う以外になかった。

 「代わりは麻生さんに担当してもらうわ。企画段階からフォローに入っていたから流れも把握していると思うし、今から初めての人に引き継ぐよりスムーズだから」

 (ここ数日杳子さんが編集部にいないのは、新堂さんの事務所に行ってるからなんだ……)

 編集長が話していることを「はい、はい」と頷きながらも、ほとんど耳を素通りしていて頭に入ってこない。さっきコーヒーで覚醒したはずの頭は、理解することを放棄してしまったように、まるで使い物にならなかった。

 「櫻井さんもここ何日か徹夜や終電帰りが続いたから、有休申請してから帰ってね」

 私は小さく頷いて、失礼しますと頭を下げて会議室から出ようと背を向ける。
 そうしないと、込み上げてきたものが溢れ出てしまいそうだった。さすがに、会社で泣きたくはない。

 「櫻井さん」

 ドアノブに手をかけたとき、編集長に呼び止められて手を止める。

 「……何でもないわ、ゆっくり休みなさいね」

 その言葉にちゃんと返事をできた曖昧なまま、私は気がつくと逃げるように編集部を出ていた。
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