新堂さんと恋の糸
 「線引きを間違えるとトラブルの元になるし、記事の公平性が疑われることにもなるから」
 「えっ、はい、もちろん気をつけます……っ」

 取材相手とは一定の距離を保つこと。それが、編集者としての最低限のルール。

 「取材先の事務所で働くなんて前例がないことだし、なおさら境界線は意識しないといけないからね。どうしても取材を受けてもらうこちら側のほうが立場が弱いから、なおさら」
 「……はい」
 もし私情が絡んでると疑われたら企画ごと飛ぶかもしれない。思わず姿勢を正す私に、園田編集長が肩を軽く叩いた。

 「まぁまぁ。事務所で働かせてもらえるなんて密着取材のようなものだし、良い記事につながるかもしれないわ。手持ちの仕事との調整は私も相談に乗るから頑張ってみて」

 勝手に新堂さんの条件を受けてしまったことが引っかかっていたので、園田編集長に背中を押してもらえたのは心強かった。
 雑用だろうとなんだろうと、やると決めたからには精いっぱいやろう。

 「私、頑張ります!」
 「そうそう、その意気よ。あ、有働(うどう)くんお疲れー、こっちこっち」

 園田編集長に呼ばれ、遅れていた有働くんが私の前の席に座った。

 「お疲れ様です」
 「お疲れ、とりあえずビールでいい?」

 有働くんは私と同じく、今年からこの編集部に配属になったフリーの常駐カメラマン。同い年なこともあって、同期のような感覚でとても話しやすい。

 「ああ頼む…って、櫻井その右手どうした?」

 有働くんが、右手の絆創膏に気づいて首を傾げる。

 「そういえば右膝もケガしてたわよね?」
 「あっ、えーっと、実は駅で転んでしまいまして…」

 杳子さんからも指摘を受けて、おっちょこちょいですよねと笑いながらごまかした。
 まさか新堂さんにお姫様抱っこされた、なんて口が裂けても言えない。

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