新堂さんと恋の糸
個展会場のコンセプトと、水族館での会話。
俺がデザインした椅子に座ってみたかったと言っていたこと。

「椅子、か……」

椅子ならアームチェア、スツール、カウチ。
もし椅子をデザインするのなら、普通のものではつまらない。

会場のイメージと合わせて、海の中にいるように感じられる椅子はどんなものだろうか。

(水の中なら揺れた方がいいな。それなら脚のあるタイプじゃなくハンモック…いや、ハンギングチェアがいい。いっそ椅子全体を透明にしてしまうか?)

ここ数日のスランプが嘘のようにアイデアが次々と湧いてくる。
時間も忘れて没頭しているうちに、テーブルの周りはラフ画だらけになっていた。

ほぼイメージも固まり、後は作品のタイトルをどうするかだけ。

ふと傍らのベッドに目をやると、心持ち顔色が良くなった櫻井が小さく寝息を立てていた。

「よく寝てるな」

どうして描こうと思ったのか。
はっきりとした理由は今も分からない。

ただその寝顔を見ているうちに、気がついたら完成したデザイン画に櫻井の絵を描いていた。

集中しすぎていたせいで、櫻井が後ろから俺を呼ぶ声がするまで目を覚ましたことにも気づかなかったほどだ。

「新堂さん…?」

「あぁ、起きた?」

俺はその声に我に返って、テーブルに散らばっていたデザイン画を見られないよう咄嗟にかき集める。櫻井はまだ寝起きでぼんやりしているし、おそらく見られていないはずだ。

そして皴になるのも厭わずに、まとめてバッグに突っ込んだのだった。


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