新堂さんと恋の糸
 「取材許可するまで、ここで見聞きしたことは他言無用、撮影も禁止。少しでも逸脱行為があれば、その時点でこの話は終わりだ」
 「はい、心得てます」
 「あとうちのアシスタントの作業場は絶対に開けるな」

 そう言って指さした先には、白いドアがあった。

 「でも、ご挨拶はしなくていいんですか?」
 「必要ない」

 本当にいいのかな?と気になりつつも、それ以上追及できるわけもなく私は「分かりました」と返事をした。

 「向こうがクライアントとのミーティングスペース。こっちが資料置き場だ」

 パーティションでゾーニングされた場所を見て、思わず固まる。

 たくさん積まれた段ボールの山。
 本やカタログが押し込まれすぎた本棚。
 そして、足の踏み場もないほど散乱している紙、紙、紙――。

 さっきまでの洗練された空間とはまったく異なる荒れっぷりに、私は唖然としてしまった。

 「えっと、これは一体……」
 「片付けたいんだがなんせ時間がない。だからいったんすべて仮置きしている」
 「……それはたぶん一番片付かないパターンですね」

 私はどうにかデスクの上の物をどかして、そこにバッグを置く。

 「ここでやってもらいたい作業は主に三つ。
 棚の整理、ボツ案のシュレッダーかけ、不要なカタログなどの処分だ」

 それだけ聞くと簡単そうなのだけれど、と目の前の量があふれすぎてその範囲に収まりきっていない。まずどこから手をつけたらいいのかさえ分からないほどだ。

 「あとは備品のチェックと補充。ここにいる間の配達や郵便物の受け取り。それから帰る前に軽く掃除も」
 「全然三つじゃなくないですか!?」

 (なんか、体よく使われてない私……!?)

 私がこのオフィスで作業する時間は十五時から十七時。これも新堂さんから指定で、どうしても突発的な理由で変更になる場合は必ず事前連絡を入れるよう約束させられた。

 「じゃあ今日からよろしく、雑用係」
 「その呼び方はやめてください……っ!」

 私の抗議を無視してデスクへ戻っていく新堂さんの背中を見送ると、目の前の膨大な本と書類の山に対峙する。

 「…もうこうなったら、何が何でも絶対取材OKって言わせてみせるんだから…!」

 こうして私の、新堂さんの事務所での雑用係としての日々が始まってしまった。


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