新堂さんと恋の糸
 「なんだ、まだ捨ててなかったのか」
 「はい……あの、毎回こんなに?」
 「そうだな、毎週プレゼンが二、三回あって毎回最低五案、案件内容によってはその倍は出す」

 そう言いながら、手元のデザイン画をひらりと返す。

 「何回か一緒に仕事してるクライアントだと相手の好みが分かるから、最初から“これだろう”ってやつを出す。でも相手は『もっと他にいいのが出てくるんじゃないか』と期待する」

 なんとなく分かる。買い物のときの自分と、まったく同じだから。一軒目でこれだ!と思っても、他も見てからにしようと思って、結局最初の店に戻ることになる。

 「結局最初に出したのが選ばれるパターンがほとんどだけど、相手が期待している以上は案を出す。これはその残骸ってわけ」

 デザイン業界でよく聞く『捨て案』。ファイルの中身をめくると、どの案にもコンセプトや図面、寸法、素材メモまでびっしり書き込まれていた。

 (……その場で採用されなければ、クライアントは資料すら持ち帰らないんだ)

 形になりかけたものが、誰に見られることもなく消えていく――実際に目の当たりにすると、何ともいえない気持ちになってしまう。
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