新堂さんと恋の糸
新堂さんから『勝手に開けるな』と言われていたアシスタントの仕事部屋だ。 パーティション越しに、パーカーのフードをかぶった男性がちらりと顔を出した。
「あ…っ、」
私が思わず声を出すと、フードに隠れた顔と目が合った。
「……なんかこの部屋、様変わりしてる」
「もしかして探し物ですか?」
「動物造形のアナトミー本」
「ちょ、ちょっと待っててくださいっ」
私は立ち上がって、先週自分が整理した本棚から探し出す。
「この本で合っていますか?」
「そうこれ。ありがとう」
「この棚の三段目に関連の本をまとめてあるので、戻すときもそこに置いてもらえると探しやすいと思います」
「了解」
こくりと頷いた男性はすぐに部屋を出るかと思いきや、じっと立ったままだった。フードから覗くふわふわの猫っ毛に少し目尻が上がった悪戯っぽい大きな目。人好きしそうなのに、どことなく掴みどころのない雰囲気は、犬というより猫っぽいなと思った。
「……櫻井さんだっけ?新しい雑用係の人」
「ざつ……一応今のところは。文董社の櫻井泉です。えっと、新堂さんのアシスタントの方ですよね?」
「そう。美凪玲央《みなぎれお》」
よろしく、と言うと、私が作業していたデスクをじっと見つめている。
「もしこの場所を使うんでしたら、すぐに片付けますけど……」
「ううん、よくやるなぁと思って。新堂さんって俺が知ってる限りでは事務所にクライアント以外入れたことないんだよ。櫻井さんが初めてじゃない?」
「そ、そうなんですか…?」
ということはあの『一度全部を見せたことがある』というのは、かなり前の話なのかもしれない。
「この部屋酷い荒れっぷりだったのに……すごいね、そこまでして取材したいんだ?」
そう聞かれて、私はどう答えたらいいのか一瞬迷ってしまった。もちろん取材はしたい。でもそれだけではなくて。
(……ここでの雑用係の仕事に慣れつつあるんだよね、私)
憧れのデザイナーの事務所で、雑用とはいえ間近で新堂さんの仕事の痕跡に触れられる。編集者としても、単純に『もの作りが好きな人間』としても、得るものが多い。ある意味すごく贅沢な経験のような気がする。
「ふぅん、変わってるね」
「変わってるって……そうですか?」
「あの人、基本的に人に期待してないからさ。結果出せるかどうかでしか人を見てないから」
軽く言いながらも、その言葉にはどこか現実味があった。
(成果と合理性で見ている新堂さんと、“好き”で突っ走っている私――ってことだよね……)
「櫻井さんがここにいるときの会話、聞こえてたよ。新堂さんに必死にまとわりついてるかんじがさ、ポメラニアンみたいだなーって思って聞いてた」
ポ、ポメラニアン…?
「ねえ、ポメ子さんって呼んでもいい?」
「ポメ…!?絶対嫌です、その呼び方はやめてください!」
この台詞、前にも言ったような気がする。新堂さんに雑用係呼びされたときだ。からかいまじりに笑う彼の表情こそ、どことなく新堂さんに似ている。一緒に働いていると似てくるのか、元々の性格やタイプが似通っているのだろうか?
「あ…っ、」
私が思わず声を出すと、フードに隠れた顔と目が合った。
「……なんかこの部屋、様変わりしてる」
「もしかして探し物ですか?」
「動物造形のアナトミー本」
「ちょ、ちょっと待っててくださいっ」
私は立ち上がって、先週自分が整理した本棚から探し出す。
「この本で合っていますか?」
「そうこれ。ありがとう」
「この棚の三段目に関連の本をまとめてあるので、戻すときもそこに置いてもらえると探しやすいと思います」
「了解」
こくりと頷いた男性はすぐに部屋を出るかと思いきや、じっと立ったままだった。フードから覗くふわふわの猫っ毛に少し目尻が上がった悪戯っぽい大きな目。人好きしそうなのに、どことなく掴みどころのない雰囲気は、犬というより猫っぽいなと思った。
「……櫻井さんだっけ?新しい雑用係の人」
「ざつ……一応今のところは。文董社の櫻井泉です。えっと、新堂さんのアシスタントの方ですよね?」
「そう。美凪玲央《みなぎれお》」
よろしく、と言うと、私が作業していたデスクをじっと見つめている。
「もしこの場所を使うんでしたら、すぐに片付けますけど……」
「ううん、よくやるなぁと思って。新堂さんって俺が知ってる限りでは事務所にクライアント以外入れたことないんだよ。櫻井さんが初めてじゃない?」
「そ、そうなんですか…?」
ということはあの『一度全部を見せたことがある』というのは、かなり前の話なのかもしれない。
「この部屋酷い荒れっぷりだったのに……すごいね、そこまでして取材したいんだ?」
そう聞かれて、私はどう答えたらいいのか一瞬迷ってしまった。もちろん取材はしたい。でもそれだけではなくて。
(……ここでの雑用係の仕事に慣れつつあるんだよね、私)
憧れのデザイナーの事務所で、雑用とはいえ間近で新堂さんの仕事の痕跡に触れられる。編集者としても、単純に『もの作りが好きな人間』としても、得るものが多い。ある意味すごく贅沢な経験のような気がする。
「ふぅん、変わってるね」
「変わってるって……そうですか?」
「あの人、基本的に人に期待してないからさ。結果出せるかどうかでしか人を見てないから」
軽く言いながらも、その言葉にはどこか現実味があった。
(成果と合理性で見ている新堂さんと、“好き”で突っ走っている私――ってことだよね……)
「櫻井さんがここにいるときの会話、聞こえてたよ。新堂さんに必死にまとわりついてるかんじがさ、ポメラニアンみたいだなーって思って聞いてた」
ポ、ポメラニアン…?
「ねえ、ポメ子さんって呼んでもいい?」
「ポメ…!?絶対嫌です、その呼び方はやめてください!」
この台詞、前にも言ったような気がする。新堂さんに雑用係呼びされたときだ。からかいまじりに笑う彼の表情こそ、どことなく新堂さんに似ている。一緒に働いていると似てくるのか、元々の性格やタイプが似通っているのだろうか?