新堂さんと恋の糸
 あのときの、疲れたような、呆れたような顔が忘れられない。

 そうして父は工房を畳んでまったく違う職種に再就職して、私は高校進学で地元を離れた。
 デザインの世界に進みたい――そう思った時期もあった。でも、才能のなさを痛感してあっさり折れてしまった自分には、その道を選ぶ勇気がなかった。

 「そのとき出会ったのが新堂さんの作品で――やっぱり、デザインってすごいって思ったんです」

 スチールという一見無機質な素材に、伝統工芸の技術が採用された椅子。その新しさに目を奪われた。

 “古くさい”で片づけられていたものの価値を、まるごと塗り替えられる。
 一目見ただけで、訴えかける力があると――はっきり分かった。

 そのデザインの力と文字の力が合わさったら、もっとたくさんの人に魅力が伝わるんじゃないか。もし一人でも多くの人が興味を持って手に取ってくれたら、消えかけてる技術が少しでも残るかもしれない。

 「だから、新堂さんの取材をしたいんだ?」
 「はい」
 「だそうですよ、新堂さん」

 ―――えっ?

 玲央くんのひとことに顔を上げると、片手にタンブラーを持った新堂さんがいた。

 「えええええっ!?」

 (いったい、いつからそこに!?)

 私は一瞬ぽかんとしてから我に返ると、ニコニコ笑っている玲央くんを睨む。

 「!?ちょ、いるなら教えてくださいよ!?」
 「じゃあ俺もコーヒー淹れてこよーっと」

 立ち上がった玲央くんは、くすくすと笑いながら行ってしまった。残された私たちの間に、何ともいえない沈黙が流れる。

 「……えーっと、聞かれてましたよね?」
 「あぁ」
 「いるならノックくらいしてくれても」
 「あいにくドアがないからな」
 「広くてオープンなオフィスも考えものですね……」

 聞かれてまずい話ではないけれど、いないつもりで話していたことを聞かれていたのは恥ずかしい。

 「実家のこと、手紙にも書いてなかったし、初対面のアポのときにも言ってなかったよな」
 「それは……同情を引くみたいかな、と思いまして」
 「同情で仕事受けるほど暇じゃない」
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