新堂さんと恋の糸
 「この画だとすぐ後ろにレディースの陳列棚がある。もしレジ待ちの列ができた場合に、会計待ちの客、商品を見る客、会計を終えて外に出たい客の行動が入り乱れることになる。そうするとどうなる?」

 (………あっ)

 「お店の出入り口近くに、人が密集してしまう…」

 新堂さんは正解、とでも言うように眉を少し上げた。どうして気づかなかったんだろう。内装とどうやって買ってもらうかばかりに気を取られて、動線のことまで気が回らなかった。

 「路面店で間口の狭い店舗は、出入り口が混雑していると外から見てる客には敬遠される」

 つまり集客が落ちるかもしれないということだ。自分の考えの足りなさを痛感する。

 「……全然駄目でしたね」
 「そうは言ってない。アイデア自体は面白いし有効性もある。ただ他の視点が抜けていただけだ」

 ペン貸して、という新堂さんに、私は自分が使っていたペンを渡す。

 「たとえば、試着室を横並びに変えてこのスペースにレジを配置する。それから陳列棚の向きをこうして、動線を二本作る」

 新堂さんはノートのまっさらなページにペンを走らせた。説明しながらサラサラと描き上がっていく。

 「あ、これならレジに並ぶ人と出口に向かう人が被りませんね!」

 自然と人の流れを誘導できている。粗くざっくりとしたラフなのに、すごく分かりやすい。私のとは大違いだ、やっぱりプロってすごい。

 「今考えてること当ててやろうか」
 「え?」
 「『やっぱり私には無理だ、こんな絵なんて描けない』」

 その通りだった。頭の中をそのまま覗かれたみたいでぽかんとする私に、新堂さんはやっぱりなと呟く。

 「デザインはそこにある問題や課題を解決するのが目的だ。一番早いアウトプットの手段が絵なだけであって、絵を描くこと自体が目的じゃない」
 「でも、上手くないと伝わらないですよね?」
 「俺はこの下手な絵でも伝わったぞ」
 「それは絵を見ながら説明したからで……あ、」

 私は思わず新堂さんの顔を見ると、やっと気づいたかと言いたげにふっと笑う。

 「下手なら分かるように説明すればいいだけだ。大事なのは頭の中にどんなアイデアや思考が浮かぶか。そのひらめきだけは本人の感性と経験に左右されるから」

 新堂さんの言いたいことが少しずつ分かってくる。私に内装デザインを考えろって無茶振りをした意味も。

 「自分で課題を見つけて、それをデザインで解決するアイデアを用意できたってことは――少しはデザイナーの感覚が分かる編集者ってことだ」

 また素直に喜んでいいのか微妙な言い方をする。でも、これは新堂さん流の励まし方なのだと理解した。

 「……ありがとうございます」
 「まぁ全然基礎がなってないから、改善の余地しかないけどな」
 「またそうやって上げて落としてくるんですから……!」
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