新堂さんと恋の糸
 ◇◇◇◇

 その日の夜。
 仕事を終えて家に帰り、お風呂から上がったところで、スマートフォンが鳴った。

 タオルで頭をごしごし乾かしながら画面を見ると、相手は新堂さんからだった。

 「えっ、え、何だろう…?」

 今までメール連絡はあったけれど、電話がかかってきたのは初めてだ。私は慌てて電話に出る。

 「もしもし、櫻井です」
 『あぁ俺だけど、今時間いい?』
 『はい、大丈夫ですけど……どうしましたか?』

 時間を見るともうすぐ二十二時だ。
 何か急ぎの用事だろうか。

 「あー…その、」

 珍しく新堂さんの歯切れが悪い。

 (もしかして、もう明日から来なくていいとか……?)

 私がそんな嫌な予感に包まれていると、電話の向こうから玲央くんの声がかすかに聞こえる。話している内容は聞こえないけれど、新堂さんが「うるさい」とか「向こう行ってろ」なんて言っていて、私はますます混乱した。

 「あの、取り込み中なら掛け直しましょうか?」
 『いやいい。その、一回しか言わないからよく聞け』
 「は、はい?」

 改まった言い方に私は自然と背筋が伸びる。

 「取材の話だけど、受けてもいい」

 私は予想していなかった言葉に、一瞬フリーズした。

 「ほ、本当ですかっ!?」
 「声でかいな……」
 「す、すみませんっ、で、でも本当に、いいんですか!?」
 「いいから電話してるんだろ」

 それから取材のための細かい条件を伝えられる。

 取材に来るのは私一人で、他のスタッフはNG。
 事務所内の写真撮影はOKだけれど、新堂さんと玲央くんの顔は絶対に写り込まないようにすること。
 事務所に来る日時が変更になる場合は、今まで通り事前に連絡を入れること。ICレコーダーでの録音はNGなどだ。

 「明日、何時くらいに来られる?」
 「午前中は会議があるので……午後からは行けると思います」
 「分かった。じゃあそういうことだから、よろしくポメ子」
 「!?そ、その呼び方は――っ」

 最後まで言い終わる前に電話が切れて、部屋の中に静けさが戻ってきた。

 私はしばらくぼうっとして、ふと我に返ってほっぺたをつねる。

 「痛い…」

 ということは、今の話は現実だ。
 ようやく私は状況を理解して、嬉しさが込み上げてくるのをおさえられなかった。

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