新堂さんと恋の糸
 そしてクライアントが事務所を出たあと、私はなぜか新堂さんにこんこんと説教をされていた。

 「なにが『検討してみてください』だ。ああいう話をその場で真に受けて答えようとするな」

 要は、私が平尾さんの話を大真面目に聞いたことに腹を立てているらしい。だけど私は、新堂さんが何をそんなに怒っているのか分からない。確かに後のスケジュールのことが頭から抜けていたのは落ち度かもしれないけれど、そこまで長話をしていたつもりもないのに。

 「相談されたら応えるのが仕事じゃないですか?他の編集部への仕事につながったらありがたいですし……」
 「人の助け舟を無駄にしようしておいてよく言えるな」
 「え?」
 「業務の延長みたいな顔して、人前で簡単に距離詰められるな」

 新堂さんはそこで、盛大にため息をついた。

 「でも、相談を受けたから――」
 「だから考えなしだって言ってる」 
 「考えなしじゃないです!」

 かつてないほど空気の悪くなったところへ、まるで見かねたようにカチャリとドアが開く音がして玲央くんが仕事部屋から顔を出した。ふわふわの髪と、ひょっこり顔を出した仕草から、まるで天使みたいに見える。

 「玲央、お前の部屋で仮眠させろ」

 「いいけど今プリンター動いてるよ?」

 「かまわない。ここでこの分からず屋を相手にしてるよりよっぽどいい」

 それだけ言うと、新堂さんはバタンと勢いよくドアを閉めてしまった。その様子にも玲央くんは動じることなく、おやおやと肩を竦めてから入れ替わりに新堂さんが座っていた席に腰を下ろす。

 「珍しく荒れてたね。打ち合わせで何かあったの?」

 私はあったことを一部始終話すと、玲央くんはあははとお腹を抱えるほど笑い出した。
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