婚約破棄されたぽちゃOL、 元スケーターの年下ジムトレーナーに翻弄されています
――それは、どういう意味?
彼の思考が読めず、思わず顔をまじまじと見てしまう。
「えっと……?」
「気になります。自分の危険もかえりみず、明らかに自分より強い男を庇って危ないヤツの前に飛び出す優しい瑠衣さんのことが」
そう言って、彼は初めて笑った。
面白がるような薄い笑みに、からかわれている気配を察知する。
「……蒸し返さなくても」
なんと返したらいいかわからなくて、思わずテーブルに置いていたパンフレットを手に取ってパラパラと開く。
気まずくて顔を上げられない。それに少しムカついた。
「あと、悠貴でいい」
「え?」
その瞬間、彼が身を乗り出して私が持っていたパンフレットをのぞき込んだ。
近づいてきた顔にびっくりして、パンフレットを強く握って固まってしまう。
フィナンシェを挟んで唇と唇が触れそうなほどに近づいた、あの夜の肌寒さがよみがえった。
「これ。俺だけじゃ寂しい」
関節のしっかりした長い人さし指が、「オープンでフラットな関係」という見出しを軽く叩いた。
苗字じゃなくて、名前で呼んでということか。
「せめて悠貴くん。ね、いいでしょ?」
さっきまでの、企業理念を交えジムをアピールしつつ綿密にカウンセリングをしていた真面目なトレーナーはどこに行ったのか。
ちょっと甘えるような口調でふわりと微笑まれ、不覚にもドキリとしてしまった。
何も言えず、ただ一回ゆっくり頷く。
するとようやく彼……悠貴はソファに戻ってくれた。
「じゃあ話を元に戻す。瑠衣さんがどうしてダイエットしたいのか知らないで、上辺だけでトレーニング指導したくないってこと。だから教えて」
さっきのやり取りはなかったことのように、悠貴はあっさりと仕事に戻ろうとする。
変に意識したのは私だけ。
この年下の男は、ホストよりタチが悪いんじゃないか。
「思いつかないなら、先にトレーニング行く?」
理由はある、色々ひっくるめて、結婚を諦めたくないからだ。
でも、正直に言ってからかわれるのも嫌だ。笑ったりしないとは言ったけど、さっきの行動で信用できなくなった。
なにか、当たり障りないことを言っておけばいい。
「……幸せになるため?」
「おお、だいぶふわっとしたな。うん、でもわかった」
青いバインダーに、何やら書き込んでいる悠貴の顔を盗み見る。
その表情はとても真剣で、ますます彼が何を考えているのかわからなくなった。