婚約破棄されたぽちゃOL、 元スケーターの年下ジムトレーナーに翻弄されています
パーソナルジムのフロアは、最上階の七階にある。
すれ違う会員やスタッフさんに、悠貴は無表情ながらもキビキビと挨拶しながら歩いていった。
ジムにいる人々の反応を見るに、彼は愛想を振りまくタイプではないけどそれなりに可愛がられているんだろうとわかった。
確かに、黙っていれば真面目で礼儀正しい青年だ。
七階のフロアには、広いトレーニングルームにゆったりとした間隔で様々なマシンが置かれていた。
どれが何に効果があるものなのか、使い方も全然わからない。
壁の一面は大きくガラス張りになっていて、ビルの隙間からはわずかに横浜の海も見えた。
「金曜の夜なのに、思ったより人が少ないんだね」
「パーソナルジムのフロアはこんなもん。混み合わないように曜日で調整してるから」
「そうなんだ」
「高いお金払ってトレーナー付けて、マシン空いてないとか最悪だろ」
オープンでフラットな関係ということなのか、カウンセリングまでの取って付けたような敬語は完全になくなった。
私は良いけど、ほかのお客さんは怒ったりしないのかな。
「ストレッチして始めるから」
そう言って、悠貴がトレーニングウェアの上着を脱いだ。
たくましい身体のラインに沿った、少しタイト目な黒いTシャツが現れた。
厚い胸板と筋肉質な二の腕に、一瞬目を奪われる。
初めて会った時から良い体格だと思っていたけど、近くで素肌を見ると鍛えられた体に思わずドキッとしてしまった。
「じゃ、瑠衣さん。こっち来て真似して……なに、どうしたの?」
視線を感じた悠貴が、怪訝そうな声を上げる。
「あ、いや、なんでもないよ」
サッと目を逸らし、あまり近づき過ぎないように悠貴の前に立つ。
……良い大人なのに、若い子の体を見て照れてしまうなんて恥ずかしい。
彼に倣って念入りにストレッチをした後、人生初の本格トレーニングへと着手したのだった。