婚約破棄されたぽちゃOL、 元スケーターの年下ジムトレーナーに翻弄されています
その後いくつかフリーウェイトとマシンのトレーニングをこなし、最後に「ラットプルダウン」という背中を鍛えるマシンを使ってみることになった。
長細い台にまたがって座った状態で、上からぶら下がっているバーを両手を伸ばして掴み、バーを引くように下ろすことを繰り返す。
悠貴は私の横について、バーを握る幅はもう少し開いて、腕の力じゃなくて背中の筋肉を使って、と指示を飛ばしてくる。
初めのうちはしんどいとしか思っていなかったのに。
色々なトレーニングをしているうちにだんだん楽しくなってきたのが不思議だ。
もちろん体力的にも筋肉的にもキツイけど、一セット終わるごとに達成感を感じられるようになってきた。
悠貴の声掛けは決して優しいとは言えない。でも、言うことを聞くと格段に体を動かしやすくなる。
筋トレ、気持ちよくなってきたかもしれない。
夢中になって、必死になって体を動かす。
だから、悠貴がすぐそばに来ていたことに気がつかなかった。
「体後ろに倒しすぎないように。それじゃバーにぶら下がってる」
体を起こさせようと、悠貴が私の肩に軽く触れた。
「わっ……」
驚いて、バーから手を離してしまう。
悠貴の言った通り、バーにぶら下がってしまっていた私は反動で後ろに倒れてしまいそうになって――
「だから言ったのに」
横にいた悠貴に、肩を抱くように上体ごと引き寄せられた。
硬い胸に、私の体がぶつかる。
熱い体温と、前にも嗅いだ、甘く爽やかなボディーソープの香り。
咄嗟のことで彼も加減がわからなかったのか。
痛いほど強く抱きしめられて、気づいた時には心臓がうるさいくらいにドクドク脈打っていた。
「ご、ごめん。大丈夫だからもう離し――」
「瑠衣さん、耳真っ赤」
指摘されて、さらに顔が熱くなる。
何も言えずに固まっていると、くすりと笑われた。
「俺のこと、そんなに意識していいの?」
「……え?」
「年下の子は、守ってあげなきゃ……なんだろ?」
初めて会った夜、私が悠貴に言った言葉。
つまり……バカにされていることはわかる。
バッと彼の腕を押しのけて、マシンから降りる。
ドキドキと、少しの怒りの感情。
悠貴に背を向けたまま、にじんできた汗をタオルで拭う。
すると、後ろからポンポンと肩を優しく叩かれた。
「初めてにしては頑張った、今日はこれで終わり。お疲れ様。着替えたらフィードバックするからロビーに集合」
今日は、って。
散々人のことをからかっておいて、どうして入会してもらえると思ってるんだろう。
最後に文句のひとつでも言ってやろうと思ったけど、振り向いた時には悠貴はトレーニングルームを後にしていた。
一緒にならないように、少し間を空けてから私もエレベーターへと向かう。
廊下を歩いていると、すれ違ったふたりの女性の会話が耳に入ってしまった。
「さっきの人が香原悠貴?」
「そう、ちょっと見たことあるでしょ」
悠貴の話をしているようだ。彼のお客さんだろうか。
「えーあんまよくわかんなかった、話しかければよかった」
「滑ってる動画、ネットにあるよ」
……スベる動画? なんだろう。
いや、もう彼のことを気にしてもしょうがない。
玲央には悪いけど、このジムはやめておこうと思う。
だって、悠貴とのトレーニングは……色々と持たない気がしたから。