婚約破棄されたぽちゃOL、 元スケーターの年下ジムトレーナーに翻弄されています

「あの!」

 声を振り絞って、青年の後ろから飛び出す。

「やめてください!」

 青年が目を見開く。

 胸倉を掴んでいる柄シャツの男が、焦点の合っていない目でゆっくりと私の方を見た。
 思ったより酔っているらしい。

「あ?」
「離してください」
「なんだお前」
「いい大人がこんな若い子に絡んで……恥ずかしくないんですか」

 自分でも、こんな度胸があったなんてびっくりしている。

 アルコールのおかげかもしれないし、さっき玲央に励ましてもらったばかりだからかもしれない。
 あの優しい弟と同じくらいの歳の彼を、見捨てるという選択肢はなかった。

「なに~、おねえさん誰? こいつの保護者? まさか彼女?」

 一歩引いて様子を見ていた眼鏡の男が近寄ってくる。

「違う、関係ない人だ」
 
 青年が即座に返す。目が合うと、鋭い声で「帰って」と促された。
 きっと、私を巻き込まないようにしてくれている。でも、飛び込んでしまったのは私だ。

「ここに居合わせた以上、関係ないことはないですよ」
「何言って――」
「わかったわかった、おいお前、その兄ちゃん離してやれ」

 戸惑う青年を遮って、眼鏡の男が柄シャツの男の肩を叩いた。

「え、先輩があのガキ追いかけて潰せって言ったんじゃないすか」
「だからもういいって言ってんだろ。その代わり、このおねえさんに相手してもらう」
「……え?」
「やめろ!」

 それまでなすがままだった青年が、胸ぐらを掴んでいた柄シャツの男の手を引き剥がす。

 眼鏡の男に逆らえないのか、柄シャツの男はもう青年に手を出そうとはしない。
 代わりに、私を頭からつま先まで好奇の目で眺めてきた。

「先輩もっとキャピキャピしたスレンダーな子が好きっすよね、こいつイケます?」
「まあギリ許容範囲だわ」

 眼鏡の男はポケットからスマホを取り出すと、操作しながらどうでもよさそうに吐き捨てた。

「マジすか! 守備範囲広っ!」
「話のタネにはなるだろ」

 柄シャツの男は手を叩いて、声をあげて笑った。
 さっきまで唾を飛ばして本気で怒っていたのに、酔っ払いのテンションはよくわからない。

 でも、そのおかげで助かった。
 うまくやれば穏便にこの場を治められるかもしれない。

 バカにされてチクリと胸が痛んだけど、傷ついてる場合じゃない。

「いい加減にしろお前ら、あんたもさっさと帰れって」

 声を低くした青年が、口調を強める。
 そんな彼を無視して、男たちに向かって頷いた。

「いいですよ、どこかで飲み直しますか」
「おい!」
「大丈夫、私がなんとかするから。君は帰っていいよ」

 男たちにも私にも怒っている様子の青年を、やんわりとたしなめる。
 今は大人しく従うフリをして、どこかで撒いて帰ればいい。
 危なくなったら、駅前に誘導して交番に駆け込むことだってできる。

 よし、これで青年も私も無事に帰れる。
 
 咄嗟に間に入ってしまったけど、うまく解決できそうで良かった。
 ……彼氏にフラれ飲んだくれ家族に迷惑をかけたどうしようもない私だって、誰かの役に立てるんだ。

 眼鏡の男が「いいねおねえさん乗り気じゃん~」と機嫌よさそうに笑いながら、スマホをポケットにしまった。

「じゃあ行こっか。今、すぐそこに車呼んだから」
「……え?」

 想定外の提案に、思考が止まる。

「コイツんち近いからそこで飲み直そうよ」
「またっすか、もうこの間みたいに汚さないでくださいよ」

 家? またまた予想していなかった展開に、さっきまでの余裕さが崩れていく。

「いや、家はちょっと……その辺のお店なら……」
 自分でもわかるくらい、戸惑いが声に現れてしまう。
「どこで飲んだって一緒だろ」

 車に乗せられたら、途中で撒けないし助けも呼べない。家に連れ込まれたらそれこそ逃げ場がない。

「あの兄ちゃんの代わりしてくれるんだよね? ……おい自分の発言には責任持てって」
「や、やめ……!」

 眼鏡の男に腕を掴まれた、その時だった。
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