婚約破棄されたぽちゃOL、 元スケーターの年下ジムトレーナーに翻弄されています
第11話:「そろそろ身固めないと取り残されるぞ」
ジムについて着替えるまで、もう五回はスマホが通知を受けた。
すべて元彼の和真から、その内の二件はメッセージで「今時間ない?」というような内容が続いていた。
当然無視してフロアに上がったけど、やっぱり気になってしまう。
「瑠衣さん、ちょっとストップ。……ねえ、瑠衣さん」
「ん?」
ダンベルを持っていた手を、悠貴に掴んで止められる。
そのまま、手からダンベルを取られてしまう。
「あ、なんで」
「いいから、今はそのまま何も持たずにスクワットやって」
「そんなに辛くないよ」
「危ないんだよ。動きに集中できてない、それじゃ腕傷める」
「……すみません」
「そんな不満そうに謝られても」
ダンベルを戻しに行って帰ってきた悠貴が、少し気にする素振りを見せながら私を見下ろした。
「なんかあった?」
「ううん、別に」
見抜かれている。そんなにわかりやすかったかな。
「ここには悩みとかネガティブな感情引きずってくんなって言ったけど――」
「わ、わかってるよ」
「瑠衣さんなら、特別に話聞いてもいいよ」
「……え?」
「なに悩んでんの?」
近くにあったベンチに腰掛ける悠貴を、疑惑の目で見てしまう。
「……どうしたの、急に優しいと変だよ」
「いつも優しいだろ」
「いいの、とにかく何でもないから」
元彼絡みのことを悠貴に話したら、また「玲央に心配かけるなよ」と言われるに決まってる。
それに、悠貴に話すようなことでもない。
「ほんとに、最近残業が続いて疲れただけだよ」
「仕事うまくいってないの?」
「いってる! それはもう順調過ぎるくらい!」
悠貴のアドバイスを受けて企画したダイエットドーナツは、すでに二回の試作を経て完成に向けて動いている。
もう最終調整の段階で、早く行けば2月までには販売告知ができそうだ。
「それは良かった」
「自分のために買ってもらうのもちろんだけどさ、春の新生活シーズンに間に合えば贈答用としてもイケると思うんだよね。詰め合わせの中にチョイスすれば、ダイエットしてる人でも遠慮なく手に取れるし」
「……瑠衣さんってさ」
「うん?」
「前から思ってたけど、仕事の話する時熱入るよね」
私を見ながら静かに笑う悠貴を見て、自分が身振り手振りしながら意気揚々と話していたことに気がついた。
「お、お菓子好きだから。昔から」
「瑠衣さんらしいな」
なんだか恥ずかしくなって、そっと手を後ろに隠した。
「俺結構好きだよ、お菓子とか仕事の話してる瑠衣さん。生き生きしてて楽しそうだし、いっぱい喋ってくれて嬉しい」
「そっ……か」
悠貴は何気なく言ったことかもしれなかったけど、なんだか心が温かくなった。
自分の好きなことを夢中で話して、それを聞いてくれる人がいることって嬉しいことなのかもしれない。
――悠貴の好きなものは何だろう。
玲央のようにお喋りなイメージはない悠貴だけど、話し出すと止まらないくらい夢中になるものは彼にあるのだろうか。
そんなことを考えていると、トレーニングルームの外からスタッフさんが悠貴を呼ぶ声が聞こえた。
5分休憩、と言って悠貴がベンチから立ち上がる。
去り際にスタッフさんとの会話が少し聞こえた。
「――さんがいらっしゃってて……」
「またか、しつこいな」
舌打ちでもしそうな勢いの悠貴が気になったが、スパバッグの中に入っているスマホが震えたのでそっちに意識を持っていかれた。
また元彼かもしれないと思うとうんざりする。
しかも着信だ。
スマホを取り出して、やっぱり元彼からだったので拒否のボタンをタップする。
するとまたすぐに電話がかかってきて、驚いて手が滑り電話に出てしまった。
耳に近づけなくても、スピーカーから「瑠衣?」と声が聞こえてくる。
本当に嫌だけど、出てしまったものは仕方ない。
体を縮めて声を潜め、感情を殺す。
「なに?」
急ぎ足でトレーニングルームを出て、ひと気のない非常階段扉の前に移動する。
「全然出ないじゃん、なにやってんの? 仕事終わってる時間だろ」
「だからなに? 用がないならもうかけてこないで」
「まあ待てって、そんなツンツンするなよ」
目的のハッキリしない能天気な声を聞いているとイライラしてきて、もう電話を切ろうとした時だった。
「行ってもいいよ、実家」
「……は?」
「だから、お前のご両親に挨拶するんだろ。この前は悪かったって」
「意味がわからないんだけど、私たちもう別れてるよね?」
「でも何年も付き合ってただろ。それなのにあれでお終いなんて、やっぱもったいねぇかなって思って」
「あの時一緒にいた女の子はどうしたの」
「同期で結婚してないの、ついに俺だけになってさ」
「……何の話よ」
「俺たちもう29だろ。そろそろ身固めないと取り残されるぞ」
和真は質問に答えず、いきなり現実を突き付けてきた。
つまり、あの若い女性とうまくいかなかった。
だけど世間体もあるし早く結婚したくなって、相手も見つからないから私で妥協しようって言うことだ。
なんて自分勝手なんだろう。
お腹の底から怒りが湧き上がってきて、同時に悔しくてどうしようもない気持ちになった。
だって、私もこいつと似たようなものだった。
周りの結婚に憧れて、我慢しなきゃならないような相手でもいいやって思ってしがみついていた。
私がしてたこと、こいつと同じだ。
ショックで和真の言葉が右から左に流れていく。
「この間会った時さ、今のお前なら女として見れるって確信したんだよ。な、とりあえず今度会おうぜ」
鈍くなった頭をどうにか働かせようとしていると、近くに人の気配を感じた。
「瑠衣さんいた、なにしてんのこんなとこで」
「悠貴……」
目が合うと、少し驚いた様子の悠貴がこちらに歩いてきた。
「どうしたの」
思わずスマホを後ろに隠して、電話を切る。
「なんでもないよ、仕事の電話」
訝し気な表情をした悠貴の目線から逃れるように、ひとりでさっさとトレーニングルームに戻った。