婚約破棄されたぽちゃOL、 元スケーターの年下ジムトレーナーに翻弄されています

第2話:「こいつが悠貴。どお? 結構イケメンじゃない?」


 あの後、タクシーに乗って無事に家に帰ることができた。

 元彼のことをちょっとでも忘れるために、いっぱいご飯を食べて寝ようと思っていたのに。
 あの青年のことが頭から離れなくて、とてもそんな気にはなれなかった。
 
 掴みどころのない人かと思えば、顔と顔が触れそうな近さで。
 しかも食べかけのフィナンシェにかじりつくという大胆な行動をしてきた。

 そして、わかりづらいけど優しい人だった。

 私が余計なことをしたのにも関わらず、酔っ払いから庇ってくれて「危ないことしないで」だなんて。
 家族以外の誰かにあんなに優しくしてもらったこと、最近なかったなぁ。

 元彼にフラれた喪失感の中で、ふとあの青年のこと思い出す。

 そんな週末を過ごし、月曜日を迎えいつも通りのフリをして横浜にある会社へ向かった。
 
 昼休み。
 社食のカウンター席で日替わりクリームパスタを食べていると、唐突に隣にかけそばのトレーが置かれた。
 続いて、パリッとしたベージュのセットアップを着た理世(りよ)が隣の席にサッと滑り込んでくる。
 
 彼女が物の数秒でツヤのあるロングヘアをまとめると、隠れていたピアスが控えめに揺れた。
 最低限、清潔感があれば良いやと思っている私とは違って、彼女は今日もオシャレだ。
 
 本当に、こんなにちゃんとしている人が私と仲が良いのが疑問だ。

「それ美味しい?」
「うん。クリームこってり」
「いいわね。メニューも秋っぽくなってきた」

 挨拶もそこそこに、理世はそばをすすり始めた。

 営業部の彼女は、いつ見てもチャキチャキと動き回っている。午前は外回り、午後は会社に戻って資料作成。
 そして各百貨店やショッピングセンターにある店舗にトラブルがあれば、すっ飛んでいく。

 体力勝負なのに、シンプルなかけそばだけで持つのだろうか。

「へえ。最近どう?」
「……普通」
「嘘だー、今すごい楽しいんじゃないの? 結婚目前なんだから」

 理世は、まさか私がこっぴどくフラれたなんて思ってもいない。
 良かったね~! という雰囲気を出してくれている彼女に、パッと「実はフラれた」なんて言えない。

「理世の時もそうだった?」
「え? まあそうねー、うちは同棲してたから生活が大きく変わるわけじゃなかったけど……。夫婦になるってまた新しく始まる感じで、ちょっとソワソワした」
「そっか」
「なに、なんか揉めてるの?」

 反応の悪い私を変に思ったのか、理世が少し心配そうに聞いてきた。
 箸を持つのと反対の手、前髪をかきあげた理世の手の薬指には、細身の指輪がきらめいていた。

 ――あ、やっぱりいいなぁ。

 私が何か間違えなければ、あの元彼もひどいことを言わずに結婚してくれたのかな。

「どうしたの? 結婚するの不安になった?」
「ううん、そういうわけじゃないけど」

 そんな悩みを持てたら、幸せだろうな。

「大丈夫よ。そんな気負わずに、一回結婚してみたらいい」
「そんな軽い感じでいいの?」
「ダメだったら別れればいいんだし、今時そういう考えも全然あり」
「かもしれないけど。……やっぱり、結婚ってしたほうがいいのかな」
「うん、チャンスは逃したらダメ。まあ、もうちょっと若かったら新しい人探してもいいけどさ。……この年じゃ結構難しいじゃん?」
「そうだよねぇ……」

 もし、さっさと「実はフラれた」と言っていれば理世はこんな話をしなかったと思う。

 全力で私を慰めてくれて、旦那に内緒で合コンでも行こうと言ってくれただろう。

 理世は人生設計がちゃんとしているタイプで、部署混合の新卒の親睦会で初めて会った時から、25で結婚して30までに第一子を産むと決めていた。
 彼女の人生は順調で、現在は育休明けの時短勤務をしている。

 それに比べて私は、仕事こそ真面目にやってはきたものの私生活は全然ダメだ。女として見られないと捨てられるなんて。

「……痩せようかな」
「え?」

 このまま、落ち込んでばかりはいられない。
 経験則では、失恋の傷は時間が癒してくれるのを待つしかない。

 時間が経つのを待っていたら、あっという間に30になって、あっという間に30代も終わってしまう。
 正直、女として見れないとフラれた時点で今すぐ次の恋をしようなんて気は起こらない。
 
 ……もう傷つきたくない、というのも大きい。

 でも……恋愛はしたくないけど、結婚はしたい。
 
 誰かに選ばれたという自信を持って、安定した人生を過ごしたい。
 
 そのためには、自分磨きだって必要だ。
 
 結婚の先にある幸せが、どんなものなのかはまだ漠然としている。
 それでも、一度手が届きそうだった結婚という人生の節目を、諦めたくはなかった。

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