恋するお弁当箱
「では、遠慮なくいただきます。代金は払いますから」
「いらないですよ。自己紹介がまだでしたね。俺は織山賢翔(おりやま けんしょう)と言います」
 彼は箸を置くと、懐から名刺を取り出して差し出した。両手で受け取って見ると、新日本セントラル警備保障、開発部、織山兼翔と書いてあった。同じビルの他の階で勤務しているようだ。

「私は静谷咲穂です。このビルに入ってる『ハヤマ冷蔵食品』で事務をしています。名刺はなくて、すみません」
「いえいえ。咲穂さん、素敵な名前ですね」
 にこっと笑う彼にどきっとして、咲穂は思わず目をそらす。いきなり下の名前で呼ぶのずるい、と内心で思う。

「そちらはお掃除ロボットのリースもしてますよね。うちでも使ってます。警備会社がお掃除ロボットなんてって最初は驚きました」
「伺ったことありますよ。ご縁がありますね」
 彼の微笑にほれぼれしていたときだった。
 がくん、とエレベーターが動き、咲穂は前のめりに倒れかかった。

「大丈夫ですか?」
 とっさに彼が抱き留めてくれて、咲穂は倒れずにすむ。
「すみません、ありがとうございます」
 顔を上げると彼の顔がすぐそばにあって、カーっと顔が熱くなる。

「咲穂さん、綺麗ですね」
 耳元で言われ、咲穂はさらに顔を赤くした。
 エレベーターはすぐに止まって、扉が開く。

「大丈夫ですか!?」
 誰かの声にそちらを向くと、作業服を着た作業員がいた。
 咲穂と賢翔は慌てて離れる。
 が、床に広がるお重のお弁当箱を見られ、咲穂はまた顔を赤く火照らせた。
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