恋するお弁当箱
「お弁当のお礼ですから、お代はけっこうです」
「でも……」
「これ、忘れないうちに。お弁当箱です」
 紙袋を渡され、咲穂は顔を輝かせた。

「ありがとうございます!」
「こちらも代金はいりませんからね」

「払わせてもらわないと困ります」
「でしたら」
 彼の目がいたずらっぽく細まった。
「また一緒に出かけていただけますか?」

 咲穂は目を丸くして彼を見た。見つめ返す彼のまなざしにはたっぷりと甘さが含まれている。
 動揺して固まった咲穂の左手を彼がとる。

「まだ未婚でらっしゃいますよね。恋人はいますか?」
「いませんけど……」

「では大丈夫ですね。次の週末はいかがです? 映画でもテーマパークでも。水族館、動物園、どこへでもあなたのお好きな場所へ行きましょう」
「あの、えっと……」

「土曜日と日曜日ならどちらがいいですか?」
「土曜日、かな……」
「わかりました。じゃあ今週土曜日。時間はまた連絡します」

 押し切られる形で決められ、咲穂はあっけにとられた。
 こんなにぐいぐいくる人だったのか、とまたしても彼の新しい一面に驚く。
 この人はたぶん、自分がかっこいいことをわかってる。女性が自分の押しに弱いことを知っていて、押してくるのだろう。

 ずるいな、と咲穂はなんだか悔しく思う。一番悔しいのは、彼の術中にまんまとはまっていることだ。
 駅まで送ってくれた彼は、最後に咲穂の耳に口を寄せる。

「土曜日、楽しみにしてます」
 吐息が耳にかかり、咲穂の頬はかあっと熱くなった。

 彼に見送られて改札を通ると、咲穂はため息をこぼした。
「ほんと、ずるい……」
 かき乱された心に浮かぶのは賢翔の笑顔だけだった。
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