恋するお弁当箱
「待って、私、あげるなんて一言も言ってない。パッケージはとっくに捨てたよ」
「はあ!?」
 一段と大きな声に、咲穂は思わず身をすくめた。

「信じられない、バカじゃないの!?」
 咲穂は二の句が継げない。面と向かってこんなことを言う人に大人になってから遭遇したことがないから。

「とにかく、早くそれください」
 手の平をばっと差し出す樹絵里に、咲穂は弁当箱を押さえて首をふった。

「嫌です、無理」
「静谷さんってほんとわがまま! 写真も撮らせてくれないし、弁当箱もくれないし」
 意味が分からない、と咲穂は絶句した。他人の無茶な要求を断ることがわがままと言われるなんて。

「あ、係長!」
 係長が通りがかり、救いを求めるように莉子が呼び止めた。
「係長~。聞いてください、静谷さんがひどいんですよ~」
 莉子より一足早く、樹絵里が話し始める。

「お弁当箱、私にくれる約束だったのに、くれないんです」
「はあ!?」
 思わずすっとんきょうな声が出て、咲穂は慌てて自分の口をおさえた。

「そんな約束してないよ、ねえ」
 莉子のフォローに、咲穂はかくかくと頷く。
「これは自分で使うために買ったんです。あげません」

「高坪さん、またかよ。人のものを欲しがるなって、幼稚園で習うよねえ?」
 うんざりしている係長に、樹絵里は鼻にしわを寄せて咲穂をにらみ、謝罪もなくぷいっと離れて行った。
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