【WEB版】「無価値」と捨てるのは結構ですが、私の力は「本物」だったようですよ? ~離縁された転生令嬢、実は希少魔法の使い手でした~
11 窮地
ごくりと喉を鳴らす。
巨躯の角鹿は私たちを見ていた。その目つきがおかしい気がする。
まさか、噂の魔獣とはこれのことだろうか。ただの森に棲む獣ではない?
あの巨体、走って逃げきれるものじゃない。
どうにか意識をそらさないと逃げられない。
私は左手でリーフェルトくんの手を握りしめる。
焦って逃げようと走りだせば、彼か私か、どちらかが転ぶ。
その時点でデッドエンド。
そんなのは前世の映画で何度だって見た光景だ。
逃げるならば落ち着いて逃げる必要がある。
腰につけたトウガラシ袋に右手をかける。
口を結んである紐を半ば無意識に引っ張って抜く。
口の空いた袋を投げつければ、多少は有効な目眩ましになるだろう。
だけど、こんな袋を投げて、きちんとアレの目にあたるのか。
「はっ……はっ……」
極度の緊張と恐怖が襲い、身体がこわばる。
しっかりしないと……私がリーフェルトくんを守らないと……。
死にたくない。逃げたい。今すぐ走りだしたい。
『……グルゥ……!』
ぶわりと、何かよくないものが広がった気がする。
黒い何かが巨躯の角鹿の周りに広がった?
その途端、私たちは動けなくなる。
足がすくむ。咆哮を上げられたわけじゃない。
ただの鳴き声程度なのに。
「アーシェ、ラ、おね……」
「リーフェルトくん?」
リーフェルトくんの握った手が震えている。
視線を外すことができず、横目で確認する。
リーフェルトくんが冷や汗をかいて体を震わせている。
急に息切れを起こしたように、ぜぇぜぇと呼吸すらしづらそうな声を漏らし始めた。
空いた手で首を押さえている。本当に息ができていない?
それは恐怖からの反応というには、あまりにも劇的に見えた。
まさか、本当に魔獣? 今、何かの魔法を使われた?
私が多少、マシな状態なのは内にある魔力のせいか。
「あ……」
「リーフェルトくん……!」
リーフェルトくんが気を失ったように倒れる。
咄嗟に手を引っ張りつつも……今この瞬間が生死を分ける時だと、頭のどこかで冷静に働いた思考が、倒れたリーフェルトくんを無視して獣と睨み合う道を選ばせた。
ピクリと反応したように見える。
こちらが睨むことをやめていたら突進されていたかもしれない。
──目をそらしたらだめだ。
あれは魔獣だ。退いてはならない。
たとえ、こちらに攻撃する術がなくとも。
一日中だってアレと睨み合い続けなければならない。
それしか私たちが生き残る術はない。
ここに助けが来る希望などなかったとしても。
私の中の魔力が内側で渦巻く。
もしかしたら、この魔獣は私の魔法出力が低いということを理解しえないのではないか。
魔力量だけはあるという私。なにせ公爵の娘なのだ。
私の内包された魔力量だけを警戒しているのなら、この状態もうなずける。
……下手な魔法を撃てば、私が脅威ではないとバレてしまう。
本能の問題だ。魔獣は今すぐにでも私のことを見抜くかもしれない。
だからといって不用意に情報を与えるわけにはいかない。
どうにか今の状態から脅威を感じさせて、魔獣自身にこの場をどかせることはできないか。
たとえ、私の魔法出力が低くても。
お湯を生成したように『身体の内側』で魔術を編むことはできるはずだ。
火と水、それぞれは出力すればたいしたことのなかった魔法。
だが、身体の内側でその性質を混ぜることには成功している。
だから内側だけで凶悪な魔法をイメージしろ。
それを外に出すことが叶わなくとも。
獣の本能でその危険を感じ取らせ、私を脅威と思わせろ。
固い巨木が槍のように魔獣を突き刺すイメージ。
風が荒れくるい、火を逆巻き、焼きつくしながら魔獣を吹き飛ばすイメージ。
水蒸気が膨れ上がり、バチバチと音を立てて雷雲となり、魔獣を焼き焦がすイメージ。
思い描け、イメージしろ、殺気を放ち、それを感じ取らせろ。
『グルゥ……』
ズシン、ズシンと私を中心に円を描くように魔獣が歩いていく。
私はそれから目をそらさずに睨み続けた。
歩くだけでその巨躯の重量が伝わってくるみたいだ。
きっと突撃されたら電車や大型トラックにでも轢かれたような衝撃に襲われるだろう。
その突進に耐える術は私にはない。だが、魔獣は私を警戒している。
身体の内側でイメージし、うならせている魔力が発露するのを脅威と感じているのだ。
……なのに。そこで。私は思い描いてしまった。
もしも、それほどの突進力で私に向けて突き進んでくるのなら。
【植物魔法】でその進路の途中に〝輪〟の形となるように成長する植物を生やせば。
あの魔獣を、植物の輪に引っかけて転ばせることができるのではないか。
突進の勢いがそのまま魔獣を襲うことになる。それで倒せるのではないか。
そんな現実的な魔法の使い方。
こんなに弱い私にも唯一できそうなこと。
しかし、それは……あまりにも弱い発想。
弱者の私の、精いっぱいの抵抗に等しい。
そう思い描き、身体の中のイメージが〝それ〟に変わった瞬間。
私は魔獣にとって脅威ではなくなった。
『ガルァ!』
「……‼」
刹那。魔獣は私に突進を開始する。
トウガラシ袋を投げることも【植物魔法】を行使することも叶わない。無理だ。
「あっ……」
死を悟る。こんなところで。動けない。何もできない。
リーフェルトくん。助けられない。死にたくない。
叔母さん、私、元夫。父、母、死。前世、また、二度と。
頭の中に走馬灯のような乱れた思考が走り、適切な対処を思いつくことができない。
私は何もすることができず、ただ立ったまま、その瞬間を迎えて──
『ガァアアアア!』
「止まれェエエエエエッ‼」
聞こえたのは魔獣の声に負けぬほどの咆哮。私以外の誰かの、声。
ドンッ‼
という衝撃とも、音ともつかぬ何かと共に魔獣が私の目前で、真横に吹っ飛んでいく。
血飛沫を上げながら、横に飛んでいった魔獣の頭には……黒い柄の……槍?
そう、おそらく槍が突き刺さっていた。
おそらくというのは、その槍の穂先が、魔獣の頭部の内側に入り込んでいたからだ。
だが、確実にそれは魔獣の頭を貫いていた。
横にある木の幹に縫いつけられている。
ピクピクと痙攣する魔獣の体……。
「……え?」
いった、何が起きたの?
なんにもわからないまま、私は呆然と、死にゆく魔獣を見るしかできなかった。
やがて痙攣すら止まり、確実に死に至ったとわかるまで、ずっと。
「……大丈夫ですか⁉」
人の、声。魔獣以外の声。
私はようやく、槍を投げて、魔獣を屠ったであろう人物の方へ視線を移した。
「あなた、は……」
そこに立っていたのは。
心配そうに私たちを見つめる男性。
若く、鎧を着ている。
力強い槍の一投からは想像もできない体つきに感じた。
細身の男性。だけど、どこか安心させるような。
異世界特有の青の髪、青い瞳。騎士……だろうか。
なぜ、ここに?
「あ!」
私は魔獣が倒れたことと、人が来たことに安堵して、緊張の糸が切れてしまった。
そこで私も気を失うようにその場で崩れ落ちてしまう。
リーフェルト……くん……。どうか、無事で……。
巨躯の角鹿は私たちを見ていた。その目つきがおかしい気がする。
まさか、噂の魔獣とはこれのことだろうか。ただの森に棲む獣ではない?
あの巨体、走って逃げきれるものじゃない。
どうにか意識をそらさないと逃げられない。
私は左手でリーフェルトくんの手を握りしめる。
焦って逃げようと走りだせば、彼か私か、どちらかが転ぶ。
その時点でデッドエンド。
そんなのは前世の映画で何度だって見た光景だ。
逃げるならば落ち着いて逃げる必要がある。
腰につけたトウガラシ袋に右手をかける。
口を結んである紐を半ば無意識に引っ張って抜く。
口の空いた袋を投げつければ、多少は有効な目眩ましになるだろう。
だけど、こんな袋を投げて、きちんとアレの目にあたるのか。
「はっ……はっ……」
極度の緊張と恐怖が襲い、身体がこわばる。
しっかりしないと……私がリーフェルトくんを守らないと……。
死にたくない。逃げたい。今すぐ走りだしたい。
『……グルゥ……!』
ぶわりと、何かよくないものが広がった気がする。
黒い何かが巨躯の角鹿の周りに広がった?
その途端、私たちは動けなくなる。
足がすくむ。咆哮を上げられたわけじゃない。
ただの鳴き声程度なのに。
「アーシェ、ラ、おね……」
「リーフェルトくん?」
リーフェルトくんの握った手が震えている。
視線を外すことができず、横目で確認する。
リーフェルトくんが冷や汗をかいて体を震わせている。
急に息切れを起こしたように、ぜぇぜぇと呼吸すらしづらそうな声を漏らし始めた。
空いた手で首を押さえている。本当に息ができていない?
それは恐怖からの反応というには、あまりにも劇的に見えた。
まさか、本当に魔獣? 今、何かの魔法を使われた?
私が多少、マシな状態なのは内にある魔力のせいか。
「あ……」
「リーフェルトくん……!」
リーフェルトくんが気を失ったように倒れる。
咄嗟に手を引っ張りつつも……今この瞬間が生死を分ける時だと、頭のどこかで冷静に働いた思考が、倒れたリーフェルトくんを無視して獣と睨み合う道を選ばせた。
ピクリと反応したように見える。
こちらが睨むことをやめていたら突進されていたかもしれない。
──目をそらしたらだめだ。
あれは魔獣だ。退いてはならない。
たとえ、こちらに攻撃する術がなくとも。
一日中だってアレと睨み合い続けなければならない。
それしか私たちが生き残る術はない。
ここに助けが来る希望などなかったとしても。
私の中の魔力が内側で渦巻く。
もしかしたら、この魔獣は私の魔法出力が低いということを理解しえないのではないか。
魔力量だけはあるという私。なにせ公爵の娘なのだ。
私の内包された魔力量だけを警戒しているのなら、この状態もうなずける。
……下手な魔法を撃てば、私が脅威ではないとバレてしまう。
本能の問題だ。魔獣は今すぐにでも私のことを見抜くかもしれない。
だからといって不用意に情報を与えるわけにはいかない。
どうにか今の状態から脅威を感じさせて、魔獣自身にこの場をどかせることはできないか。
たとえ、私の魔法出力が低くても。
お湯を生成したように『身体の内側』で魔術を編むことはできるはずだ。
火と水、それぞれは出力すればたいしたことのなかった魔法。
だが、身体の内側でその性質を混ぜることには成功している。
だから内側だけで凶悪な魔法をイメージしろ。
それを外に出すことが叶わなくとも。
獣の本能でその危険を感じ取らせ、私を脅威と思わせろ。
固い巨木が槍のように魔獣を突き刺すイメージ。
風が荒れくるい、火を逆巻き、焼きつくしながら魔獣を吹き飛ばすイメージ。
水蒸気が膨れ上がり、バチバチと音を立てて雷雲となり、魔獣を焼き焦がすイメージ。
思い描け、イメージしろ、殺気を放ち、それを感じ取らせろ。
『グルゥ……』
ズシン、ズシンと私を中心に円を描くように魔獣が歩いていく。
私はそれから目をそらさずに睨み続けた。
歩くだけでその巨躯の重量が伝わってくるみたいだ。
きっと突撃されたら電車や大型トラックにでも轢かれたような衝撃に襲われるだろう。
その突進に耐える術は私にはない。だが、魔獣は私を警戒している。
身体の内側でイメージし、うならせている魔力が発露するのを脅威と感じているのだ。
……なのに。そこで。私は思い描いてしまった。
もしも、それほどの突進力で私に向けて突き進んでくるのなら。
【植物魔法】でその進路の途中に〝輪〟の形となるように成長する植物を生やせば。
あの魔獣を、植物の輪に引っかけて転ばせることができるのではないか。
突進の勢いがそのまま魔獣を襲うことになる。それで倒せるのではないか。
そんな現実的な魔法の使い方。
こんなに弱い私にも唯一できそうなこと。
しかし、それは……あまりにも弱い発想。
弱者の私の、精いっぱいの抵抗に等しい。
そう思い描き、身体の中のイメージが〝それ〟に変わった瞬間。
私は魔獣にとって脅威ではなくなった。
『ガルァ!』
「……‼」
刹那。魔獣は私に突進を開始する。
トウガラシ袋を投げることも【植物魔法】を行使することも叶わない。無理だ。
「あっ……」
死を悟る。こんなところで。動けない。何もできない。
リーフェルトくん。助けられない。死にたくない。
叔母さん、私、元夫。父、母、死。前世、また、二度と。
頭の中に走馬灯のような乱れた思考が走り、適切な対処を思いつくことができない。
私は何もすることができず、ただ立ったまま、その瞬間を迎えて──
『ガァアアアア!』
「止まれェエエエエエッ‼」
聞こえたのは魔獣の声に負けぬほどの咆哮。私以外の誰かの、声。
ドンッ‼
という衝撃とも、音ともつかぬ何かと共に魔獣が私の目前で、真横に吹っ飛んでいく。
血飛沫を上げながら、横に飛んでいった魔獣の頭には……黒い柄の……槍?
そう、おそらく槍が突き刺さっていた。
おそらくというのは、その槍の穂先が、魔獣の頭部の内側に入り込んでいたからだ。
だが、確実にそれは魔獣の頭を貫いていた。
横にある木の幹に縫いつけられている。
ピクピクと痙攣する魔獣の体……。
「……え?」
いった、何が起きたの?
なんにもわからないまま、私は呆然と、死にゆく魔獣を見るしかできなかった。
やがて痙攣すら止まり、確実に死に至ったとわかるまで、ずっと。
「……大丈夫ですか⁉」
人の、声。魔獣以外の声。
私はようやく、槍を投げて、魔獣を屠ったであろう人物の方へ視線を移した。
「あなた、は……」
そこに立っていたのは。
心配そうに私たちを見つめる男性。
若く、鎧を着ている。
力強い槍の一投からは想像もできない体つきに感じた。
細身の男性。だけど、どこか安心させるような。
異世界特有の青の髪、青い瞳。騎士……だろうか。
なぜ、ここに?
「あ!」
私は魔獣が倒れたことと、人が来たことに安堵して、緊張の糸が切れてしまった。
そこで私も気を失うようにその場で崩れ落ちてしまう。
リーフェルト……くん……。どうか、無事で……。