【WEB版】「無価値」と捨てるのは結構ですが、私の力は「本物」だったようですよ? ~離縁された転生令嬢、実は希少魔法の使い手でした~

19 リーフェルの答え

 荷物をまとめる。
 女一人の旅か、子供連れの旅だ。荷物が多くても困ってしまうだろう。
 できる限り最低限の荷物にまとめなくちゃね。
 新しく買ったお鍋など生活用品の大半は置いていくしかない。
 あと、叔母さんが帰ってきた時用の手紙を残しておかないとね。

 足りないものはたくさんある。でも、やることがあることはよかった。
 私が離縁された時、絶望に沈む前に前世の記憶を思い出して乗り越えたけど。
 今度は、そうもいかないだろうな。

 悲しい別れがきっと待っている。
 心の支えも、行くあても失って。
 どうすればいいのかも分からないまま、ただ逃げるように、追い出されるように村を出る。

 義妹のミシェルはそんな私の姿を見たら、(みじ)めだと嘲笑うだろうか。
 それが目的なら、もうそれで諦めてくれたらいい。
 本当になんの目的で私を捜しているのか。
 これでなんてことのない、ただの連絡事項を伝えるためだったら?
 ……深刻に考えていたけれど、それも十分にあり得るわね?

『アーシェラお義姉様が離縁した旦那様は、私と夫婦になって幸せになったのよ! 結婚式に呼んであげましょうかぁ?』

 なんて。
 そんなマウントを取りたいだけで私を捜しているだけだったら?
 まったく村を出ていく必要なんてないのではないかしら。

「……どの道、お父様に居場所がバレたら連れ戻されるか」

 捜しに動かれた時点で、こうなることは避けられなかった。


 日々を堅実に過ごし、準備を整えていくこと数日間。
 ここを離れるとなって、もう大盤振る舞いをすることにした。
 具体的にいうと薬草採取だ。
 〝生成〟〝成長促進〟〝枯らせる〟ができる【植物魔法】。
 これから私に必要になるだろうものを【植物魔法】で準備していく。

 私はこれからの生活、旅に必要になるだろう薬草をせっせと生成し、採取した。
 私が村を出ていくことは決定事項だ。
 その準備を私が始めたこともわかっているだろう。
 畑を前に薬草を生み出しては成長させ、それを採取していく私の姿はどう映るのか。


 十日後。あっという間にリーフェルトくんの答えを聞く日がやってきた。

 私はできるだけリーフェルトくんとは自然に接することを心がけた。
 最後になるかもしれないと覚悟しながら、だからこそ笑ってお別れできるように。
 でも、答えを聞く日になると、お互いに切り出せずにいる。

 この十日間、リーフェルトくんも思うところがあったようで考えるための時間を過ごしていた。
 村の男の子たちと話したり、教会に一人で行ったりしていたことも知っている。

「リーフェルトくん、答えは出せた?」
「…………」

 いつになく真剣で。かつては消え入りそうだった彼は、真っすぐに私を見る。

 リーフェルトくんは、きっとこの村でヘレーネ叔母さんの帰りを待つ。
 それでいい。これからは私一人の、自由で孤独な人生だ。
 お別れの時は笑顔でお別れをする。大丈夫。つらくない。
 私よりリーフェルトくんの方がつらいのだ。だから私はつらさを飲み込まないと。

「僕、……アーシェラお姉さんと……一緒に行きたい」
「……!」

 私は驚く。
 でもまだだ。彼の言葉は『でも』と続くかもしれない。そのはずだ。

「一緒に行きたい。離れたくない……もう一人になりたくない……」
「リーフェルトくん……」

 彼は、ずっと傷ついていたのだ。
 当たり前だ。実の母親に置いていかれた子供が傷つかないはずがない。

「僕を……置いていかないで……」

 もう既に涙が(にじ)んでいる。
 今すぐに抱きしめたくなるけれど、私はこらえた。

「でも……。いいの? リーフェルトくんはヘレーネ叔母さんを、あなたのお母さんをこの家で待っていたいんじゃない? 村に残っても、村の人たちも神父様も、きっと優しくしてくれるはずよ」
「……お母さんは、もう帰ってこない」
「…………」
「お母さん、本当は……こいびと……がいたんだ」

 ヒュッと息を呑む。
 恋人。それはリーフェルトくんの実父だろうか。いや、きっと違う。
 言葉が含む意味合いから、どうもそうではない気がしてならないのだ。
 だいたい、リーフェルトくんの実父がいて認識されているなら村でもっと話題に出ていいはず。

「お母さんは、僕を置いて……出ていったの。こいびと……と一緒に」

 七歳の子供につらいことを話させている。
 今まで意図して話題に出さなかったことだ。
 だけど、もう避けてはいられない。

「僕、じゃまだったんだ……。お母さんにとって……」

 そんなことはない。そう言ってあげたい。
 でも、きっとそうじゃない。

 世の中は綺麗事だけでは回っていない。
 たとえ子を持つ母親でも。
 そのすべてが命を投げ出して、自身の幸せを投げうってまで子供の幸福だけを考えられるなんて、そんなはずがないのだ。

 母親となっても人間だ。つらいことはつらい。
 今あるすべてを投げ出したくもなる。
 幸せになりたいと願う。
 どうしようもなくて、今のままではいられなくなることだって。

 私は今まで意識して叔母さんを悪くは言わないようにしてきた。
 リーフェルトくんにとっては母親だから。
 そうしたからこそ彼の信頼を勝ち得たと思っている。
 でも。もっとしてあげられることはなかっただろうか。
 こんな想いをずっと抱えてきた子に、一緒に暮らしていた私は何か。

「時々……そう思っていたの。わかっていたんだ。僕がいるから……お母さんが、幸せになれないんだって……。だから、本当は……。お母さんが出ていった時……。……『よかった』って思った」
「よかった……?」
「これでお母さんが幸せになれるんだって……。だから、追いかけなかったの……。でも……この家で、待っていたら……帰ってくるかもって……」

 だめだ。これ以上は。

「リーフェルトくんっ」

 私は彼に駆け寄って、彼の小さな身体を抱きしめた。

 いい子は損をする。
 だけど、厳しい家庭環境で育った子供はいい子になるしかない。
 無条件に、無制限に甘えられないから、いい子になって。どうにか親に愛されたいと願う。
 その気持ちがまったくわからないとは言えない。
 私の母が亡くなって、父に引き取られた時。
 父からの愛情をまったく期待しなかったと言えば嘘になる。

 誰だって愛されたいと願う。親が相手ならばとくにだ。
 だけど、それが叶わない子も残念ながらいる。

「お母さんは……もう帰ってこないから……。そうしたら僕、もう一人になるから……。だから……アーシェラお姉さんと……一緒に……いたい」
「うん。うん……!」

 小さな身体を抱きしめると、ぎゅっとリーフェルトくんの手に力が込められた。

 私だってこれからどうなるかわからない。
 だって家すらもなくなるのだ。

 本当はリーフェルトくんのことを思うなら突き放すべきだった。
 ここには家があるから。
 でも、そうすると彼の心に取り返しのつかない傷を与えると思った。
 だから一緒に村を出ないかと願った。

 だけど、リーフェルトくんはヘレーネ叔母さんがもう帰ってこないとあきらめていた。
 恋人がいたというのなら、どこかで行きづまって亡くなっていることはないだろう。

 大人同士で協力し合った方が子育てをしながら女性一人で生きるよりずっと楽なはずだ。
 だけど、この村にはきっと帰ってこない。それが真実だ。ならば。

「私と一緒に行こう、リーフェルトくん」
「……うん……」

 ぎゅーっと小さい身体を抱きしめて。
 こらえきれなかった彼が泣き続けるのを受け止めた。

 この子は私が守る。私が育てる。私の家族だ。
 たとえ、たかが十七歳の小娘の私であろうと。
 前世の曖昧な記憶と『使えない』と言われたハズレギフトの【植物魔法】を駆使して、チートだろうとなんだろうとなんでもしてやる。
 この子を守り、この子が幸せになるために。
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