【完結】恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜
「……向いて」


「え?」


「ちゃんと、顔、見たい。だめ?」



(その聞き方は、ずるい…)


恥じらいながら身体を反転させると、肌が触れ合うほどの距離に立つ彼が目に入った。




見上げた黒瀬の髪からはしずくがぽたぽたと落ちていて、

濡れた髪が額にかかり、普段のキリッとしたスーツ姿とは違う、


無防備で男らしい色気を放っている。



首筋には水滴が伝い、肩から腕にかけての筋肉が柔らかな湯気の中でもはっきりと見えた。



「こんな近くで見ると、余計恥ずかしい」



そう呟く有紀の頬に、黒瀬の指が笑いながらそっと触れる。



濡れた髪の束が彼の瞳にかかり、


ゆるく濡れた唇が、いつも以上に艶やかに映っていた。



「すげーそそる」


低く艶のある声が、甘く響く。



「……もう、そういうこと言わないで…」


うつむこうとした瞬間、顎に指が添えられ、顔を上げられる。


そして唇が重なる。


柔らかく、けれど確かに気持ちを伝えるキス。


水音だけが響く静けさの中で、
言葉よりも深くふたりの想いを重ねていった。



濡れた肌と肌が触れ合う感触は心地よく、



背中に回された腕の温もりが、いつもよりずっと頼もしく感じられる。



「……あったかいな」



ふと漏らした黒瀬の声に、有紀が小さく笑う。


「お風呂だからでしょ」

「ちげーよ」


その一言は、いつもより真剣で、


濡れた髪をそっと撫でる指先には、無言の優しさと力強さが宿っていた。



有紀はまた少しだけ目を伏せ、心臓がじわりと熱くなるのを感じた。



触れて、重なって、


ふたりの間にあった“何か”が、湯気の向こうにそっと溶けていく。



まだ関係に名前はなくても、


こうしてぬくもりを分け合う今だけは、


確かに、本物だった。




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