【完結】恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜
「ドライヤー、使う?」

「いや、俺はいい——」


そう言いかけた黒瀬の前に、有紀がドライヤーを持って座り込む。


「はい、こっち向いて。濡れたままだと風邪引くよ」

「……俺、髪短いんだけど」

「関係ない。それに、人にかけてもらうの、気持ちよくない?」

「……まあ…いいけど」



そう言いながらも、黒瀬は素直に背を向ける。



スイッチを入れると、ふわっと温風が広がり、彼の髪が軽く揺れた。


指で優しくとかすようにしながら、風をあてる。



黒瀬は黙ってされるがままになっていたが、途中、ふとぽつりと呟いた。



「……なんか、こういうのいいな」

「え?」

「髪とか、乾かしてもらうの。……こういうの、してもらったことねーかも。」


その何気ない言葉に、有紀の指先がぴたりと止まる。


けれど何も言わず、もう一度そっと風をあてた。

 

「──じゃあ、次は交代。」


ドライヤーをオフにすると、黒瀬がふいに振り返り、有紀の手からドライヤーを奪う。


「えっ、わたしはいいよ自分で──」

「俺にもかけさせろよ」



そう言って有紀の後ろに回る。

あたたかい風と一緒に、優しい指先が髪に触れた。


「……気持ちいい」


思わず漏れた声に、黒瀬が少しだけ笑うのがわかる。


「だろ。人にやってもらうの、悪くない。」

「……うん」



静かな温風の中、ふたりの空気がほんのり甘く溶けていく。



お風呂上がりのしっとりした空気と一緒に、心までやわらかくなるような、そんな時間だった。





< 102 / 172 >

この作品をシェア

pagetop