【完結】恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜
ドライヤーのスイッチを切ると、ふわっとした余韻だけが残る。


しっとりと熱を帯びた髪に、黒瀬の指先がそっと触れたまま、有紀はぼんやりと前を見つめていた。


「……はい、おわり。おつかれ」


後ろから優しくそう言われて、有紀は小さく笑う。


「うん、ありがと」



たわいないやりとり。


けれど、その何気なさに、逆に心がざわつく。


(……いま、黒瀬くんと、ふたりきりなんだよね)



さっきまで一緒にお風呂に入っていて、いまは部屋着で、髪も乾かし合って。


テレビの音が遠くに流れてるけど、頭の中にはぜんぜん入ってこない。


意識はずっと、隣にいる彼の気配ばかりを拾っていた。



(このあと、どうなるんだろう)



ドキドキしているのに、黒瀬は何でもない顔をしていて──


その落ち着いた雰囲気に、余計に緊張してくる。



心に溜まった不安と期待が、そのまま形になってこぼれ落ちた。



「……黒瀬くん、今日は……ほんとに帰らなくていいの?」



声がわずかに震えていた。



黒瀬は、その言葉を聞いて、有紀に視線をむける。



少しだけ笑って──
それから、まっすぐに言った。



「帰ったほうがいいなら、帰るけど?」

「……っ」
 
 
どこまでも静かで、やさしい声。
なのに、胸の奥をじわりと熱くする。


「帰る?」 


そう言って、黒瀬がゆっくりと距離を詰めてくる。


その動きに、有紀の心臓が跳ねた。



思わず視線を逸らそうとした瞬間、黒瀬の手がふわりと重なる。


指先だけで握られるような、あたたかくて優しい触れ方だった。



そして──キスよりも少し手前で、ふたりの視線がそっと交わる。



その近さに耐えきれず、有紀の唇が、そっと動いた。


「……だ」

「ん?」

「……帰っちゃ、やだ」



ほんの一言。


けれど、その一言に、すべてが込められていた。



黒瀬の目が、わずかに見開かれたあと、やわらかく、ふっと笑う。



「……可愛すぎ」

「……言わせたくせに」

「バレた?」


ふたりの間の空気が、とろけるように甘くなる。


そのまま、黒瀬が有紀の唇にそっと触れた。
ふわりと、優しくて、あたたかいキス。



──このぬくもりに、ただ身を委ねたかった。



「……いつもみたいに、抱っこする?」

「えっ?」

「寝室まで」


そう言って、黒瀬が軽く腕を広げる。
冗談のようで、本気みたいな笑顔に、有紀の胸がきゅっとなる。



(ほんと、こういうとこずるい)


こくんと頷いて、そっと彼の首に腕をまわす。


次の瞬間、たくましい腕に抱き上げられ、体がふわりと浮いた。


ゆっくりと、夜が、ふたりの距離を近づけていった。





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