【完結】恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜
(仕事に集中しよう。ちゃんとやらなきゃ)
気持ちを切り替えるように、席へ戻ろうとしたそのとき。
ドアの外へ出ていく黒瀬と川上の会話が、ふと耳に届いた。
「……黒瀬さんって、彼女とかいるんですか?」
川上の、冗談めかしたような明るい声。
「さあな」
少し間を置いて、黒瀬の低い声が返る。
「え、はぐらかしました?」
「別に隠すことでもないけど……そんな話、仕事中にするもんでもないだろ」
「でも、気になりますよ。黒瀬さん、ぜったい彼女に甘そう〜」
「……ご想像におまかせします。」
笑い合うふたりの声が、廊下の奥へと消えていく。
その場に立ち尽くしたまま、有紀の胸がぎゅっと苦しくなる。
(……「さあな」って、なに?)
まるで、「いない」とも「いる」とも言えない関係のようで──
(……ああ、私って、そういう存在なんだ)
心の奥に、ずっと小さく灯っていた希望みたいなものが、静かに消えていく音がした。
ちゃんと、この関係に名前がほしい。
心の奥底では、ずっとそれを願ってる。
だからこそ、彼の“どこにも属さない曖昧さ”が、今日はいつもより残酷に思えた。
(……ちゃんと割り切ろうって、思ってたのに)
期待しないと決めた。
「好き」なんて言葉がなくても、
この関係を受け入れるって、自分で選んだはずだった。
なのに——
(……つらい、なんて)
そんなふうに思ってしまう自分が、いちばんみっともない。
席に戻っても、視界はかすんだままだった。
キーボードの文字が、今日はやけに遠くに感じる。
息を吐いても、苦しさだけが胸に残った。