【完結】恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜
──次の日も、そのまた次の日も。



有紀は、なにもなかったように振る舞い続けた。



笑顔を忘れずに、


言葉を選び、


表情には感情を滲ませないように気をつけた。



まるで、ただの同僚のように。



それができることを、どこかで自分に証明したかった。



川上と黒瀬が会話している場面にも、
なるべく自然に混ざってみせる。



「黒瀬さん、昨日の資料の件、ほんと助かりました。視点が鋭くて、さすがって感じです」

「別に。お前の確認が早かったから、こっちも動きやすかっただけ」

「えー、そう言ってくれるの嬉しい……あ、佐伯さん。お疲れさまです!」

「うん。おつかれさま」



有紀は、柔らかな笑みを浮かべて返す。



それは、何度も鏡の前で練習してきた顔。



感情のにじまない、ただの“挨拶”の笑み。



「佐伯さんと黒瀬さんって、本当コンビ感すごいですよね。あの進行のテンポ、見ててちょっと感動しました」

「ありがとう。でも、黒瀬くんがせっかちだから、こっちが合わせてるだけだよ」

「えー、それってつまり……合わせられる佐伯さんがすごいってことですよね」



川上の言葉に、有紀は一瞬だけ目を伏せて、笑った。

その笑みは、静かに計算されたものだった。

「ううん。長く組んでるから。……慣れてるだけ」

そう言って、そっとパソコンを閉じる。

「……そっか。ちょっと羨ましいです」

「何が?」

「言葉にしなくても通じ合える関係って」

「……そう見えるだけかもしれないよ」



その声も、微笑みも。



周囲にはきっと、変わらない有紀にしか見えなかったはずだ。



──ただ、自分自身だけが知っている。
その言葉の裏に隠された、冷たい静けさを。




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