【完結】恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜
ミーティングが終わったあと。
背後から黒瀬の声が届く。



「佐伯、ちょっといい?」



有紀はその声に、振り返りさえせず応えた。



「ごめん、黒瀬くん。今からクライアント先に行くところ」

「伝達あるなら、チャットでお願いね」



ほんの一瞬だけ視線が合った。



けれどその目に、有紀は何ひとつ感情を乗せなかった。



ただ、淡々と歩き出す。



背後で、黒瀬が何か言いかけたような気配がした。



けれど、有紀は立ち止まらなかった。



──もう、なにも聞きたくなかった。






その夜。

スマートフォンが小さく震えた。



《……有紀、最近なんか、そっけない気がするんだけど。俺、なにかした?》



短くて、少し拗ねたようなメッセージ。



その一文が、有紀の胸に刺さる。



(“なにかした”なんて……その言い方、ほんとズルい)



本当は、気づいてほしかった。



でも、気づかれたくなかった。



矛盾したその想いを、どう表現すればいいのかわからない。



打ち込んだのは、ほんの数文字。



《なにも。ごめん…。最近、ちょっと、疲れてるだけ》



本心は、どこにも書けなかった。



それからすぐに、黒瀬からの返事が届く。



《そっか。無理すんなよ。何かあったら、頼れ》


「……っ」



その言葉だけで、胸の奥が、じんと温かくなる。


けれど、同時に、どうしようもなく苦しかった。



(……ほんとは、知らないふりして。そばにいたかっただけなのに)



画面を閉じても、ざわついた心は静まらなかった。



感情を隠しても、笑顔でごまかしても。



心の中ではまだ、彼の名前ばかりを呼んでいる。



──その声は、誰にも届かないまま。



静かに、けれど確かに、
有紀の中に残り続けていた。




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