【完結】恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜
高峰が出ていったあと、



静寂の中、ひとり取り残された会議室は、妙に広く感じた。
 


何か言い返せばよかった。


何か、言い返したかった。



けど──できなかった。



(……有紀が、俺を選んでた)



その事実が、喉の奥でずっと熱を持っている。



信じればよかった。



疑うより、触れるより、先に──



言葉で、ちゃんと向き合えばよかった。




高峰の前で見せた涙も、



俺の前では見せてこなかった。たぶん、見せれなかった。必死で隠してた。



 
(……俺のせいだ)




見なくて済むふりをした。



気づかないふりもした。



怖かった。



踏み込めば、壊れてしまう気がして──



けど、それは全部言い訳だった。



俺は、有紀を好きで、



誰よりも、どこにも行ってほしくなくて、


なのに「言葉」にするのが怖かっただけだ。




──高峰に奪われるかもしれない。



そんな言葉が、現実味を帯びて喉に落ちてくる。



(……違う。渡したくない)



俺は、あいつが好きだ。


ただ好きなんじゃない。



誰かと比べるとかじゃなくて、
“有紀”じゃなきゃダメなんだ。



仕事ができるとか、気が合うとか、
そんな薄っぺらい理由じゃない。



笑う顔も、黙る横顔も、真面目で不器用なとこも、



声も、仕草も、意地っ張りなとこも──




その全部が、俺の胸を離さなかった。



触れれば触れるほど、もっと欲しくなる。



知れば知るほど、もう手放せなくなっていく。


有紀のいない日常なんて、もう想像すらできない。


彼女がいない未来なんて、考えたくもない。


(……バカみてぇだな)



あんなに近くにいたのに、
いちばん肝心なことだけ、ちゃんと見てなかった。



泣かせて、傷つけて、
それでも彼女は俺のそばにいた。



選んでくれてた。
……ずっと、俺を。



──今さら、後悔したって遅いのかもしれない。



でも、それでも。



(……ちゃんと、向き合う)



言葉にする。ごまかさない。



触れるだけの関係じゃなく、
想いで、彼女をつかまえたい。



今度こそ、怖くても逃げない。



たとえ拒まれたって、
あいつの気持ちが俺から離れていたとしても、



──俺は、有紀が好きだと伝える。


ちゃんと、伝える。



誰かに奪われるくらいなら、
すべてを晒してでも、ぶつかって──



それでやっと、隣に立てる気がした。

 


黒瀬は、ゆっくりと会議室を出る。




昼の喧騒に戻る足音だけが、
やけに遠く響いた。

 


けれどその胸の奥には、
確かな決意が、ひとつだけ残っていた。


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