【完結】恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜
「……あと、ごめん。泣かせてしまって」



ぽつりとこぼれた黒瀬の言葉に、有紀の胸がぎゅっと締めつけられた。


(……え?)


まるで記憶の奥に押し込んだ感情を、不意に撫でられたようで、思わずまばたきが増える。


「……なんで、知ってるの?」


声が少しだけ震えたのに、自分でも気づかないふりをした。



黒瀬の前では、あくまで“平気な顔”でいたはずなのに。



「高峰に聞いた」


そう言った黒瀬は、どこか悔しそうに眉をひそめていた。


「……高峰くんに?」

「そう。…あいつ、悔しいけど、ほんと、いいやつすぎてムカつく」


そう言って苦笑するその顔には、不思議な温かさがにじんでいた。


(高峰くんが……)



あの日、言ってくれたことを思い出す。


——“もし、黒瀬が佐伯を泣かせたら、遠慮なく奪いに行くから”


どこまでも冗談めかして、でも本気で。
私の幸せを願ってくれた、優しい人。


ちゃんと、私のことを見ていてくれた。


泣いてしまった時、
何も求めず抱きしめ、側にいてくれたことに、どれだけ救われたかを思い出す。


そして今、こうして「ごめん」って言葉をくれた黒瀬が、隣にいる。


ちゃんと伝わってる。
あのとき泣いたぶんまで、今こうして、大事にされてる。


だから──


(……ありがとう、高峰くん)



言葉にはしなかったけれど、心の奥でそっとつぶやく。

感謝とあたたかさが、じんわりと広がっていく。



あの優しさも、この幸せも──どちらも、私の中にちゃんと息づいている。



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