【完結】恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜
有紀と一緒に案件を持つことになったのは、それからすぐのことだった。




地元で長く続く町工場。


創業者である社長が、今も現役でバリバリ仕切っている。


業界じゃ有名な“クセつよ”案件だった。





実際に会ってみると、噂以上だった。


 
「うちには、うちのやり方があるんだ」


「そもそも今の若いもんは、信用ならん」





──開口一番それかよ、って感じ。



打ち合わせの間、社長は基本腕を組んだまま、ほとんど目も合わせてこない。


こっちが話しても、「ふん」とか「まあ、悪くはないな」程度。


俺がどれだけ数字やプランを並べても、そのリアクションは変わらなかった。



(あー、これは長引くパターンか)


それでも、商機はある。


だから引かずに粘るしかない。


俺はそう割り切って、資料を並べていた。


──そのときだった。



「社長、さきほどのお話にあった製造ラインの動線についてですが……実際、どのくらいの時間がかかるものなんでしょうか?」


有紀が、ふっと空気を変えた。


まっすぐに、でもやわらかい声で、社長に話しかける。


「もしご迷惑でなければ、次回その現場を拝見させていただけたら嬉しいです。
実際に動きを見て、現場の空気に触れておくことで、より現実的で無理のないご提案ができると思っていて……」


「知識が浅くてお恥ずかしいのですが…きちんと理解してからお話ししたいと思っています」



そう言って、深く頭を下げた。



その瞬間──社長の目が、有紀に向いた。


しばらくの沈黙のあと、ぽつりと一言。



「……お前、変わっとるな」



そう言って、初めて少しだけ口元が緩んだのを、俺は見逃さなかった。


あの堅物社長が、有紀の目を見て、ちゃんと応えた。


それがどういう意味なのか、言葉にしなくても分かる。



(……マジか。こいつ、掴んだな)



真面目に、誠実に、素直に。
まっすぐ相手を見て、心を込めて向き合う。

 

たったそれだけのことのように見えて、実際には簡単じゃない。


数字や実績だけを追いかける俺たちとは違う。


相手の“中身”をちゃんと見て、話を聞いて、歩み寄ろうとする。
──それを自然にできるやつなんて、そう多くはない。

 

社長の態度を変えたのは、そんな有紀のまっすぐさだった。



そして──それに心を動かされたのは、俺も同じだった。






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