【完結】恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜
*
夜。
黒瀬のマンションのキッチンに、包丁のリズムとフライパンの小気味よい音が重なる。
黒瀬は片手でフライパンをあおり、野菜を香ばしく炒めていく。
いい香りがふわりと広がり、火加減や手さばきのスマートさに、隣でサラダを盛り付けていた有紀はつい見惚れてしまう。
「ねえ、黒瀬くん……」
おずおずと声をかけると、黒瀬はちらりと視線だけを向けてきた。
「ん、なに?」
「……美紅ちゃんにね、私達付き合ってること、バレた」
「……え?」
黒瀬の手が止まる。驚いた顔で有紀を見た。
「まじか……なんで?」
「黒瀬くんが、資料見るフリして、私ばっか見てるからって」
視線を落としながら言うと、黒瀬の眉がわずかに跳ねる。
「え、そんなに見てねーし……いや……見てんのかも……」
「ぷっ」
珍しく、曖昧に言い淀むのがおかしくて、有紀が思わず笑ってしまう。
「私も気づかなかったけど、美紅ちゃん、人間観察が趣味で、すぐわかっちゃったみたい」
「……いや、鋭すぎだろ」
黒瀬はため息をつき、フライパンを傾けながら苦笑した。
「あー…、どうりで最近、田中、めっちゃニヤニヤしながら見てくんなって思ったわ」
「そうなの?」
「まじまじ。 "何か用?"って聞いても、"何でもないでーす"って逃げてくの。あれ、そういうことか」
「ふふっ。想像つく〜」
サラダをテーブルに運びながら、有紀は肩を揺らす。
「で、今日色々聞かれちゃったんだけどね。最後には"全力で応援します!"って言ってくれたよ」
「へぇ…。ありがてー限りですね」
わざとらしく棒読みで返す黒瀬に、有紀が思わず吹き出す。
楽しそうに笑う有紀の横顔に、黒瀬はふっと口元を緩めた。
かと、思えば、何やら思いついたようにニヤリと笑む。
「もう、いっそさ。有紀は俺の、って言いふらそうかな」
「えっ……」
不意に落とされた低い声。冗談めいているのに、どこか本気を含んだ響き。
「悪い虫、寄ってこねーように」
フライパンを火からおろしながら、真っ直ぐな目を向けられ、有紀の胸がドキリと跳ねる。
「い、いや……でも、それだと仕事しにくくなるかも、だから……」
慌てて言い返しすと、黒瀬は小さく「ふーん」と呟き、お皿に盛り付け始めた。
その自然な様子に目を奪われながら、自分の鼓動の音がいつも以上に大きく聞こえる気がした。